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第45話 ご挨拶
指定された場所は警察庁地下13階、神倉梛木が維持する空間術の最下層だった。12階を指定された護と別れる時、神紋を通して直日神を預けた。
護は護で、梛木のスパルタ修行が待っているらしい。枉津日神と共に12階に残った護を案じつつ、直桜は一人、13階に向かった。
エレベーターを降りてすぐ、扉が現れた。廊下も何もない。扉が開いて、また扉が現れた。
前に進むには開ける以外の選択肢がない。
両足に霊力を集中して、直桜は扉を開いた。
瞬間、飛んできた何かを低い体勢で潜るように避ける。
(ほら、やっぱり。挨拶って、こういうことだろ。だから戦闘系の人種って嫌なんだよ。話す前に殴ってくる)
攻撃を避けた先が相手の先導場所であるのは明らかだ。大きく後ろに飛びのいて、壁を探す。広い空間に、行き止まりはどこにもない。
(入ってきた扉もなくなってる。幻覚術のブラフか、或いは無限空間か。梛木ならどっちも作れそうだけど。今は、どっちでもいいや)
誰もいない空間から空気の塊が飛んでくる。
気を研ぎ澄まして、ギリギリで避けた。左の頬に裂けたような傷が付いて、細く血が流れた。
(鎌鼬みたいな感じかな。とりあえず、本体を探すか)
空気の刃が飛んできた方に走り込む。
後方と右側から、同じ刃が飛んできた。大きく飛び上がって、一度で両方の刃を避けた。
滞空中に、眼下を見渡す。何も見えないし、何の気配も感じない。
(完全に姿を消すステルス系の結界術かな。直日がいてくれたら神気で魂の気配を探れるのに)
力を借りられない状況では、自分の霊力だけが頼りだ。
(集落の御稚児修行を思い出すな。あの頃は、何度も死にかけたっけ)
惟神として神をその身に宿し維持するために、自分自身の霊力を上げる訓練を生まれた時からやって来た。
直桜に至っては、生まれた瞬間から直日神がその身に宿っていたので、他の惟神に比べればきっと楽だったのだろうと思う。
(俺が単身でどの程度の能力値か知りたいんだろうから、遠慮する必要、無いよな)
ゆっくりと落下しながら、両手を合わせる。徐々に開いた手の中に、小さな稲玉を作る。
バリバリと、稲玉の周囲を稲光が走った。細い雷を何本も作り、触手のように伸ばしていく。
その間も飛んでくる風の刃を器用に避けて、一本、二本と雷を指に絡める。十本全部の指に絡め終わると、手を握ってぐんと引いた。
部屋の中に、雷の糸が張り巡らされた。そこかしこでバリバリと稲妻の音が鳴る。
「結界も壊せる稲玉だから、そろそろ出て来てくれないと、感電するよ」
声掛けに、反応はない。
息を吐いて、雷の糸に霊気を流した。部屋中の雷が発火を始めた。
ぱりん、と右後方で、鏡が割れるような音がした。
振り向いた瞬間には、男が直桜に向かい刀を振りかざしていた。
「全方位を網羅する戦法は悪くないが、後ろが隙だらけだ」
「そんなの、わかってるよ」
向かってきた男を大量の水の塊が吹き飛ばした。
「二の手がありますよ、なんて、言うわけないだろ」
振り返り、男に向かい走り込む。
雷の糸を纏わせた水の玉を作り、男に投げつける。
難なく避けた男が、直桜に斬りかかった。
水の膜を前面に広げて視界を遮ると、後方に飛びのく。
指に纏わせた雷の糸を引き、鞭のように男に投げつける。男はそれもあっさり薙ぎ払って、突進してくる。
(ああ、もう! 接近戦は好きじゃないのに)
大きく手を開いて、雷の糸を束にすると、刀のようにして握った。
ギリギリで振り上げて、男が振り下ろした刀を受け止めた。
「日本刀も扱えるか」
「これしか出来ないだけ」
男が、ニヤリと笑んだ。
その表情の意味が分からず、一瞬動きが鈍る。
咄嗟に後ろに飛びのいて引いた直桜を、男の刀が追う。
左から胴を狙って真横に薙いだ刀を、更に左に避ける。
「甘いな」
声と共に左から刀が迫っていた。
「なっ」
咄嗟に自分の刀を盾にして受ける。重い攻撃に耐えられず、体が大きく飛ばされた。
(ヤバイ、早く態勢を整えないと)
受けた刀の攻撃が重くて、腕がジンジン痺れている。
「攻撃を受けた後の思考と動きの修正が遅い。これでは一瞬で死ぬな」
耳元で声が聞こえて、ドキリとする。
振り向いた時には、男の顔どころか、視界すらが真っ暗になっていた。
目を開けたら、知らない天井が見えた。
マンションにありがちな電気の付いた、いわゆる普通の天井だ。視界の片隅に、男の顔が見えた。
「目が覚めたか。体に、痛む所はあるか?」
「いや、ない……」
どうやら直桜は、この男に膝枕されているらしい。
直桜を見下ろす赤い目に感情はない。真っ白な髪の男は、さっきまで相対していた相手だとすぐに分かった。
「攻撃系は不得手との事前情報だったから期待していなかったんだが、思ったよりは器用だな。悪くない。即戦力にはならないが」
「悪かったね。戦闘系の部署は最初から希望してないよ」
男が直桜に顔を近づけた。
「前衛には使えない、という話だ。後方支援なら十分だろう。雷と水はお前独自の霊力で操っているのか?」
男が手を開いて、指をうにょうにょと動かす。
「生まれ持った俺の力だよ。降ろす神に頼らなくてもある程度の霊力を鍛えるのが、集落の習わしだから」
それくらいの力がなければ、神をその身に維持できない。だからこその御稚児修行だ。
「そうか。良い風習だ。自分の身は自分で守るのが、何時の時代でも大事だからな」
男が直桜に向かって、小さく笑んだ。
その顔が意外なほど柔らかくて、思わず息を飲んだ。
「挨拶が遅れたが、俺が須能忍だ。警察庁公安部特殊係13課の班長をしている。以後、よろしく頼む」
膝枕の状態で握手を求められ、変な気分になる。
「13課って、本当に変な奴しかいないんだな」
忍の手を取り握手する。
まるで嬉しそうに笑った忍の心情がわからずに戸惑いながらも、その手の温かさは、何故か信用できる気がした。
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