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第62話 行先会議
禍津日神の神降ろし事件から数日が経った。
枉津日神の真名の封印こそできなかったが、荒魂にされた土地神は解放され、巫子様を引き摺りだし正体を明らかにすることには成功した。13課としては、ギリギリの成果といえる。
しかし、八張槐にとってはこの流れも恐らく予測の範疇で、計画の一部に過ぎないのだろうと考えると、直桜としては複雑な心境だった。
枉津日神は惟神を得れば、真名を戻し荒魂に堕ちることは、ほとんどない。裏を返せば惟神が必須の神だ。
現在は直桜に降りているものの、この先どうするかを考えなければならなかった。
本日は『枉津日神の身の振りを考える』という名目で、誰も来ない事務所に酒を広げ、顕現した神々と四人、正確には二柱と二人で酒を酌み交わしていた。
「吾は直桜の中に枉津日がおっても良いがな。二人で酒を交わせるのは、楽しい」
表裏の神だけあって、直日神は嬉しそうだ。
時々、口喧嘩はするものの、直桜としても二柱の神を抱える状況に不満はない。
目下の問題は、枉津日神だった。
「清人に会いたい。会いたいぞ、直桜ぉ」
酒が入ると、清人の名を叫びながら泣く。
直日神は面白がって放置するから、いつも護が介抱している。
今日も例に洩れず、隣で護が背中を摩っている。
「約束したであろう、護。吾は約束通り、直桜を返したぞ」
枉津日神が振り返り、護をじっとりとねめつける。
護がビクリと肩を震わせた。
「いや、あの、それは、そうですが。もう少し待って……」
「せめて、せめて、会わせよ。清人に会わせよ」
枉津日神が護の胸倉を掴んでブンブン振り回す。
護が、されるがままになっている。
「そういえば、犬のぬいぐるみを依代にしていた時も、清人には会ってなかったね」
惟神の神にとっては、運命の相手と再会したような気持なのだろう。まるで恋でもしているような姿に、どうしたものかと本気で悩んでいた。
「仮に清人さんと会ったとして、清人さんが惟神になれる可能性は低いのでしょうか?」
護の問いに、直日神と顔を見合わせる。
「順当な神降ろしは難しかろうなぁ。清人とかいう人間は惟神の器ではあるまい」
前に直日神に似たような質問をした時も、「直桜の周囲に依代足り得る人は感じない」との返答だった。
「前みたいに、ぬいぐるみにでも入って、清人に飼ってもらうしかないよね」
「飼うって……。でも、直桜に神降ろしして本来の力を取り戻した枉津日神では、穂香さんの呪具には収まれないのでは?」
護の疑問は正解だ。
ぬいぐるみに入っていた時の枉津日神はかなり疲弊していた。消えかけの御霊だったからこそ呪具に収まれたという、偶然の幸運だった。
「それなんだけどさ、強度を上げれば可能なんじゃないかって思うんだよ。俺の神気を毛糸に練り込んで作るとか」
「それでも十分とはいえぬのぅ。枉津日神は二面の神、特殊な力を有する分、負担も大きい」
だからこそ、先代の神殺しの鬼により藤埜家から枉津日神が引き剥がされたのだ。強大な神の力を抱えきれなくなった人の命を守るために。
「真名の方だけ清人の中に降ろして、枉津日をぬいぐるみに移すのは、どうかな」
護と直日神が同時に直桜を振り返った。
「あ、いや、切り離すことはできないから見えない糸で繋がっているような感じにはなるけど。だから呪具も手放せなくなるけどね」
「出来るんですか、そんなこと」
驚いた顔をする護に、躊躇いながらも頷く。
「出来なくは、ない。直日の力を借りて、俺が移せば、何とか」
直日神を振り返ると、気乗りしない顔をしていた。
「枉津日が藤埜家に執着する故、惟神となれば真名が表われず、結果として封印に近い状態になっていたには違いないが。神殺しの鬼が剥がした経緯もある。人に無理を強いる方法は、好かぬよ」
普段、直桜の言葉に異を唱えることなどほとんどない直日神が苦言を呈するのは珍しい。それだけ危険なやり方なのだろう。
「やっぱり今のままが一番無難かぁ」
直桜は机に突っ伏し、息を吐いた。
とはいえ、チビチビと酒を舐めながら泣き上戸になっている枉津日神を見ていると、このままと言うわけにもいかない気になってくる。
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