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第5話
「じゃあ、どこ行く?」
しっかり店の鍵を閉めた友嗣は、鍵をボディバッグに入れながら微笑んだ。彼の適当さといい、店の閑古鳥の鳴き具合といい、経営は大丈夫かと思ったけれど、そこまで聞いていいのかさすがに躊躇う。
「どこ行くって……」
「将吾がね、一回ヤッてみれば? って言ってた」
「……あのなぁ……」
駿太郎は言葉をなくす。友嗣は見ての通り何もかも緩いキャラだから、恥じらいもなく将吾とそういう話をするのは安易に想像できる。そして駿太郎と友嗣が付き合うのを勧めている将吾が、そう言うのも予想できた。
(きっと何も考えずに「やってみる」とか言ったんだろ)
それも予想の範疇だ。けれど、どうも友嗣の言動に違和感というか、胡散臭さが抜けないのはなぜだろう、と思う。それは、いつも絶やさない微笑のせいなのか、それとも、緩い喋り方のせいなのか。
(……両方だな)
「シュン? やっぱり嫌?」
相変わらず友嗣は、微笑みながらそんなことを聞いてくる。嫌かどうかと問われたら、興味がないとは言いきれない。けれど。
――ここで一歩踏み込んだら、何かが分かるのだろうか?
駿太郎は友嗣を見上げる。すると長めのウェーブがかかった髪が、ゆっくりと揺れた。
体温が近付き唇に軽く触れる。すぐに離れた友嗣はやっぱり微笑んでいて、その胡散臭さの正体にやっと気付いた。
(……感情が見えないんだ)
目の前の男は確かに笑っている。けれど細めた目の奥を覗こうとしても、上手く隠されていて何を考えているのか分からない。そんな感じがした。
「……外でこういうことするなよ」
駿太郎は、その真意を見ようと真っ直ぐ彼を見上げた。するとあまりにも自然に、友嗣は微笑みながら、考える素振りで視線を逸らしたのだ。
「じゃあ、どこならいいの?」
駿太郎は知りたいと思った。この男は奥に何を隠しているのか。そしてそれを知っているからこそ、将吾は駿太郎にこの男と付き合えと言ったのではないか。
(ただの憶測だけど)
もしかしたら、友嗣自身も無自覚なのかもしれない。けれど、いつも見ている友嗣の微笑が、彼の無意識レベルで表れているのだとしたら……それは長年染みついた、彼の癖である可能性が高い。
「……家は嫌だぞ」
「わかった、じゃあホテルだね」
そう言って、二人で歩き出す。
(二人とも三十代の大人だし、俺も堅物を装ってるだけだし)
そうか、と駿太郎は納得する。お互い、よそ行きの仮面を被った者同士なのだ。だったら、将吾がお似合いと言った意味もわかる。
「ねぇシュン」
繁華街を歩きながら、友嗣は思い出したように話しかけてきた。
「恋人なんだから、俺のこと名前で呼んでよ」
「まだ仮だ。……でもまぁ、店の外でも店長サンは確かに呼びにくいな」
わかった、と駿太郎は返事をする。早速呼んでと催促されたので、呼び捨てでいいかと聞いた。
「うん、いいよ。将吾も呼び捨てだし」
なんでそこで将吾サンが出てくるんだ、と思いながら名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに笑う。あ、今は本音だ、と駿太郎は直感で思った。
「……ふふ、名前で俺を呼んでくれる人、これで二人目だ」
「へーへー、それは良かったな」
「うん」
元恋人だって名前を呼んだだろうに、と思うけれど、聞かなかった。今朝のように一夜限りの関係も多かっただろうからだ。……今日の今日でそういう行為をするのもどうかと思ったけれど、すぐにそれも承知の上だと思い、考えることをやめた。
「あ」
すると、友嗣はまた何かを思い出したように声を上げる。駿太郎は彼を見上げると、シュンはタチネコどっちなの? と聞かれる。
「おま……それも知らないで試すとか……」
「あはは、そうだよね。俺、タチしかやったことないんだけど」
シュンもタチだったらどうしよう、って今思った、と笑いながら言う友嗣。女性にもモテる友嗣がそう言うのは予想の範囲内だったので、駿太郎はため息をつきながら答えた。
「いい、俺はネコだから」
「じゃあ丁度いいねー」
今からやろうとしていることと、友嗣の口調の緩さとのギャップに、駿太郎は呆れる。それなのに、友嗣の相手が途切れないというのは、やっぱり彼に惹き付けるものがあるからだろう。
(顔は良いしな)
微笑の胡散臭さに気付かなければ、愛想が良くてかっこいい。頭は緩いけれど、それくらいのほうが、身体の関係を持つだけなら丁度いい。
(……って、最低なこと考えてるな、俺)
でも、だからこそ将吾は、真面目に見える自分と付き合うように促したのかもしれない。
同じようでいて、正反対の自分と友嗣。もしかして将吾は、誰とでも寝る友嗣をなんとかしたいのだろうか。……その矯正役を押し付けられた感は否めないけれど。
でも、そんな友嗣はいったいどんなセックスをするのか。そしてその時には、何かしらの感情が顔に出たりするのだろうか。そう考えると興味が湧く。
「友嗣」
「んー?」
「お前、性病持ってたりしないよな?」
「あはは、何それ?」
笑う友嗣に、本当に意味が分からないのか、と睨むと「ゴムだけはしっかりしろって将吾が言ったから」と言う。正直そんなことまで将吾が教えているのか、と呆れた。
いったい、どんな生き方をすれば友嗣みたいな人ができあがるのか。そう思ったけれど、どうせろくなものじゃないので聞くのを止める。そんな友嗣の面倒を見るなんて、将吾も大概変人だ。……自分もだけど。
「あ、でも……俺上手いらしいから」
備品のゴムだけで足りるかなー、なんて言って友嗣は笑う。
「一回試すだけだろ」
「あは、そうだった」
機嫌が良さそうに言う友嗣は、今も感情が読めない笑顔をしているのだろうか? そう思って彼を見ると、口の端は上げているものの、真っ直ぐ前を見ていてわからない。
(まぁ、これからそれもわかるだろ)
そう思って、駿太郎はコートのポケットに手を突っ込み、ホテル街へと向かった。
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