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第11話 二人の距離感
一通りの治療が終了し、院長が知る限りの現状を聞いてから、治療院をあとにした。
そろそろ別行動しているライも戻ってくる頃合いだ。
昼食がてらお互いの情報交換を行う予定だった。
「ユーリィさま、お待たせしました。近くに良さそうな飯所を見つけたので、どうですか?」
「ライが言うのならおいしいところなのだろう。行こう」
待ち合わせの場所にライは少し遅れてきた。
どこまで足を伸ばしてきたのか。麦酒が飲みたいとこぼしている。
みんな酒を飲むのか、とユーリが聞いたらそこそこと返ってきたけれど、そう言う人はかなり飲む、が正しい。
ユーリはまだ体の調子が完全ではないので、酒は飲まないよう言われていた。
しかし未来での死亡要因が酒なため、この先たとえ丈夫になっても、飲みたくならないだろうと思っている。
「ここ、ここですよ。肉が最高にうまい店らしいです」
「ライ、お前は関係のない情報までちゃっかりと。大体、朝も肉を食べたじゃないですか」
「そう言うなよ。朝は鳥肉だったし、脂がのった肉ーって感じのやつを食いたいだろ? フィンも肉は好きじゃないか」
「まあ、好きですけど」
大げさな身振り手振りで説明するライに、呆れたため息をつきつつも、フィンはどこか期待に満ちた様子を窺わせる。気持ちを誤魔化すためか片眼鏡に触れたり、咳払いをしたり。
(ライとフィンは見ていて面白いな。全然違う性格なのに長い付き合いなのが頷ける。好みや感覚が似てるのかもしれない)
二人のやり取りにユーリがニコニコとしているうちに、仕事の速いデイルが席を取りにいってくれていたようだ。
「デイル、いつもなにからなにまで、すまないな」
「なにを言っているんですか。これは私の役目ですよ」
申し訳ない気持ちで表情を曇らせたユーリに、優しく微笑んだデイルを見て、店内の点検もしてきたのだなと思った。
できる男すぎて隙がないため、頭が下がる思いだけれど、ここは感謝を伝えるべきだとユーリは気持ちを改める。
「デイル、ありがとう」
「はい。では参りましょう」
店内は昼時を少々過ぎた時間なのに、とても賑わっていた。旅の者や労働者が多い印象だ。
このクトウという町は、急に人口が増えたので、新しい建物があちこちで建設されている。
働き手が栄養価の高い肉を求めるのは道理か。
ふわっと漂ってくる香ばしい匂いで、忘れていた空腹にユーリは気づく。
ライは食べ物にこだわりがあるらしく、緊急な状況ではない限り、うまいものを求めているのだと、以前デイルとフィンが教えてくれた。
(確かに道中も食べ物に苦労しなかったな。味気ない簡易食をかじるなんてなかったし)
「ユーリィさま、ここのステーキ肉は絶対にうまいですよ」
メニューを見て悩んでいたユーリに、ライが勧めてくれたのは食肉用の獣の中でも、比較的高級な種類。なかなか町や村では口にする機会がない肉だ。
「なんとなく大きそうだな」
大衆食堂で出している品が、貴人向けのこぢんまりとした仕上がりであるはずがない。
ユーリが悩んでいるとすぐさま、隣のデイルが声をかけてくれた。
「もし残るような大きさであれば、私が残りをいただきます。気にせず頼んでください」
「ああ、すまない。ありがとう」
旅に出てから、ユーリは毒味役も兼ねてくれるデイルに、世話になりっぱなしだ。
最初は気にかかって仕方がなかったものの、長く続く道のりを考えれば、状況に慣れていくのも大切だ。
ユーリにもしもが起きたら、彼にとって一大事なのだから。
「治療院は原因の特定をして、薬を開発しないことには先へ進まない印象だったな。それでも回復に長けた魔法使いを派遣してもらう交渉をしてもいいかもしれない」
「ええ、回復魔法は症状の緩和には十分有効でした」
「フィンは活躍だったんだな。こっちはなかなか面白い話が聞けましたよ」
治療院での話をしたあと、ライは少しテーブルに身を乗り出し話し始めた。
「希少種の植物がやけに多い森? それもここ最近から……確かに面白い話だ」
森の奥深い場所に非常に珍しい薬草や木の実、キノコなどが群生していると聞き、ユーリは考え込む。
土が良ければ貴重な植物がそこに必ず生えるわけではない。
だと言うのに、話では多種多様なものがそこいら一帯に生えているらしいのだ。
知識がある者であれば、おかしいと感じるのが普通だけれど、もしそれらを金儲けにと考える者がいたとしたら。
「人目似つかない場所に、誰かが持ち込んだのでしょうか」
「フィンの推測は可能性が高いな。しかし植物は植えたらどこにでも根付くとは限らない」
「植物でなく土だとしたら?」
フィンの言葉に頷くユーリの様子を見ていたデイルが、ぽつりと呟いた。
「え? 土?」
彼の発想にユーリは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐさま納得をして大きく頷く。
おそらく植物の効能は正常なはずだ。だとしても売買された植物に土が付着していたとしたら――患者の大半が行商人という現状はとても道理に適っている。
「なるほど、土か。だとしたら聞き込みよりも、土の成分を確かめるのが早いか」
「そうですね。ライード、森の特定は?」
「この町の近くと、あと……あっ、どうもどうも」
注文してしばらく、待ちに待っていた肉がテーブルに並び、少しばかりライの気がそぞろだ。
それでもナイフを手に取った彼は、デイルの問いかけに思考を巡らし、視線を斜め上へ向けた。片手で指を折っているので数を数えているのだろう。
「帝都周辺に三ヶ所、ほかに規模の小さい場所が数カ所かな」
「なるほど。ユーリさま、魔法局へ伝達をしてきます。ライード、付き合え」
「えー、いま俺、焼きたての肉を食うところなんだけど」
「切って、紙にくるんで持ち出せ。傍で詳細を教えろ」
せっかくのご馳走を前に非情だが、肉を諦めろと言わないのがデイルらしいと、ユーリは小さく笑う。
ライはしぶしぶといった様子で、切った肉をパンに挟み包むと、先に席を立ったデイルを追いかけていった。
「忙しい二人ですね」
「食事くらいゆっくりしたら良いのにな」
残されたユーリとフィンは顔を見合わせて苦笑いをする。
「それにしてもデイルのユーリィさま第一は、最近ますます加速してきましたね」
「え? そう……そうか?」
そうなのかと聞きかけ、一瞬ユーリは言葉を濁した。
いくら記憶の一部が曖昧だと皆に周知していても、デイルについてさっぱりわからないというのは、かなり不自然だ。
ユーリの中に以前の記憶は確かに残っている。しかし一言一句、一挙一動――デイルに関する事柄が鮮明なわけではない。
それでも懐いていたし、昔から可愛がってもらっていたと周りがいうので、デイルの過保護は昔からと思っていた。
「ユーリさまはきっと感覚が麻痺されているのですよ。常に一緒ですからね」
「僕とデイルの関係は、はたから見るとおかしいだろうか?」
「おかしいとは思いませんが……いささかべったりすぎる、というのが私の感想です」
「……べったり。いい歳をした男が護衛に頼りきりでは良くない、よな」
「ユーリィさま、私の発言が不適切でした。あの男と距離を置くとかやめてくださいね。私があとで酷い目に遭います」
ちぎったパンを口に運んでいたフィンが、急に咳き込んだかと思えば、慌ててユーリの考えを遮ってくる。
「酷い目に? フィンが?」
「デイルはユーリィさまにお仕えすることが生きがいなのです。少々、距離が近すぎる嫌いはありますが、先ほどの言葉が本心からでないのならそのままで」
「そうだな。別にデイルとは距離を置きたいわけではない。しかし最近、少し――」
「少し?」
「なんというか、そわそわしてしまうんだ。落ち着かないとは違う。もどかしい?」
心になにかが引っかかるようなもどかしさ。
もっと傍へ、近くへ来てくれたら気づけそうなのに、デイルは距離が近いくせに、ある一定の線を引いている気がした。
心の内側を覗かせない距離感。
「思春期、でしょうかねぇ。でもまあ、お兄さまがお二人いらっしゃいますしね」
「ん? それはどういう意味だ?」
「無自覚であれば、もう少しだけその気持ちに形ができてからお話ししましょう」
「……えっ、ち、違うぞ。僕は懸想 をしているわけでは」
もしや色恋を疑われたのではと、ユーリは慌てて否定したが、フィンは静かに笑みを浮かべるだけだった。
(デイルに懸想など。僕は……僕はなんだ? 誰か好きな人が、いたのだろうか。黒の魔法使い? でも彼についてなにも思い出せない)
好きだったのなら心に根付いているものではないのか。
それとも好きだったからこそ、もう会えないと思って心に封じてしまったのだろうか。
思い出せないもどかしさは、デイルに対するもどかしさとどこか似ているような気もした。
「ユーリさま?」
「……っ、あ、デイル、いつの間に?」
「ほんの少し前に戻りました。考えごとをされているようでしたので」
「ああ、食事が済んだのだな」
あれこれと考え込んでいるあいだに、デイルもライも戻っていた。
並んだ皿もすっかり空になっているので、きっと思ったよりも時間が経っている。
「ユーリさまはゆっくりお召し上がりください。そのまま聞いていただければ結構です。魔法局への連絡はつきました。各所へ人員も回してくれるそうです」
「それはありがたいな。僕たちの部隊ではどうにもならない調査だからな」
「ええ、向こうも準備がありますので、各地に着くのは二日から五日ほどかかるでしょう」
「十分早い。対処が早い分だけ僕たちも動きやすい」
非常事態でない限り、魔法使いたちも馬や馬車での移動になる。
緊急度が高ければ、転移魔法陣を使う場合もあるものの、魔力消費量が多いので通常時は非効率的だ。
「ユーリさま、到着まで日があります。明日は祭りへ出かけませんか?」
「ドラゴンの、祭りか」
「はい。ドラゴンについても調べたいとおっしゃっていたので」
息抜きをしよう。言外にそう言ってくれている。
考え込んでいたのは調査についてではないのだが、祭りは気になるため、ユーリはデイルへ対し素直に頷き返した。
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