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第14話 ドラゴンの好きな食べ物
どのくらいの時間が過ぎたのか。人のざわめきが聞こえ、ユーリはまぶたを開いた。
何度か瞳を瞬かせ、周囲へ視線を向けたら、目的の町の近くだったようだ。
前方では祭りに参加しようと、やって来た人たちが列をなしていた。
「目が覚めましたか?」
「すまない。すっかり眠ってしまっていた。走りにくかっただろう」
「問題ありません。馬を引きますので手綱を握ってください。念のため、いまだけフードを」
「うん」
さっと馬から下りたデイルに手綱を渡され、ユーリはマントのフードを被り、前を向く。
どうやらこの先、町へ入る前に簡単な持ち物検査をしているようだ。
馬車などを主に確認している。おそらく祭りを安全に行うための配慮だろう。
ユーリたちは馬と簡易の荷物だけだったので、すぐに町の入り口を通り抜けられた。
その後はすぐさま、近くで案内役をしている男へ報酬を払い、馬を預かれる宿屋を紹介してもらう。人の多さを考えると早めに行動したほうが良さそうだった。
「お二人ですか。いま空きが一つしかないんですよ」
「一人部屋ということでしょうか」
「ええ」
紹介された宿に着くと宿屋の女将がひどく困った顔をする。
部屋は狭くないが、ベッドは一つしかないのだという。しかしデイルは大して迷わずにその部屋を押さえた。
「デイル、床で寝るとか言ったら怒るぞ」
「私はどこでも眠れます。ユーリさまを野宿などさせたら叱られます」
二階の角部屋だと言われ、なんてことない顔をして先導するデイルに、ユーリは不満をあらわにした。
だというのに彼はさっさと歩いて行ってしまい、憎たらしいがユーリはきゅっとデイルのマントの端を掴んだ。
「毎年、祭りが行われる町の宿だけあって、清潔ですね」
部屋は一人用ではあるが、確かに狭苦しさはない。ベッドのほかにソファとテーブルが隅にある。とは言っても、体の大きなデイルではかなり小さいだろう。
「ユーリさま、荷物を置いて街を散策してみましょう」
「……うん」
お決まりの部屋点検を済ませると、デイルは貴重品のみを身につけ、ほかは盗難防止の魔法をかけた。
鍵がかかる部屋でも、不特定多数が出入りする場所なので、必須魔法だ。
デイルは呪文で簡単に済ませたが、普通は旅人用に売られている陣の刻んだ魔道具を使う。
ロープに木の札がついている単純な道具だが、なかなか侮れないそうだ。
宿の部屋には大抵、床にロープを通す金具がついている。
持ち出されないよう荷物をロープで括り、わずかに魔力を流すだけで、その魔力の持ち主にしかほどけなくなる。
「さあ、参りましょう」
そんな道具よりも高度な魔法を付与する、デイルの様子を見ていたユーリは、若干ふて腐れつつも彼のあとに続く。
「デイルは、僕の機嫌を取るのが得意だな」
すっと目の前に差し出された手のひらを見て、少しばかり口を尖らせるユーリだが、すぐにデイルの手を掴んでぎゅっと握り合わせた。
自然と握り返される手に、曲がった機嫌がぴんとまっすぐに戻ってしまい、ユーリは悔しく思える。
(中身の年齢は一緒のはずなのに、デイルが大人対応すぎて僕が本当に子供みたいだ)
手を繋いだまま一階へ下りたら、宿屋の女将が微笑ましそうに笑った。
「いってらっしゃい。楽しんできてくださいな」
宿は町の入り口からほど近く、祭りの行われている広場からはわずかに離れている。
祭りの本番はこれかららしいので、屋台を見て回ることにした。
町に着いた直後よりも人が多くなっており、これは手を繋いでいなければ、あっという間に流れに揉まれてはぐれてしまうに違いない。
いまもうっかり通りすぎた人にぶつかってしまい、繋いだ手がほどけてしまった。
「ユーリさま、こちらへ」
「デイル――そういうところだぞ」
さりげなくマントを拡げたデイルに、内側へ招き入れられ、ユーリは片眉を跳ね上げた。
それでも腕に抱き込まれると、大人しく彼に寄り添う。
さきほどフードが脱げかけた時、珍しい髪色に何人か振り返った。
銀と赤のマダラとは言え、濃い赤色が混じっているのでいささか目立つのだ。人混みを歩くときほど気を使う。
こうして身を隠していると、体の大きなデイルのほうへ人の目が向きやすい。
彼は髪の毛も鮮やかな色で見事だ。しかし彼はそれ以上にとても顔がいいので、体つきや髪色がなくともたくさんの女性が振り向く。
現状、仕方ないとは言え、ユーリにとってそれはかなり不服である。
(デイルは僕の騎士だから、っていう所有欲なんだろうか。それともこれは独占欲?)
キラキラとした女性たちの瞳に苛立つけれど、ユーリは〝誰とも添い遂げない〟と言うデイルの言葉にいまは安心していた。
自身も相手にされないという意味だが、彼女たちはデイルの目にも留まらないはずだ――などという意地悪い感情である。
「ドラゴンの祭りだというのに、なぜ帝都で浸透しなかったのだろう?」
「おそらく祭りの名物が特殊だからではないでしょうか」
「ああ、これから行うという催しだな」
「はい。まだしばらく時間がありますので、なにか召し上がりますか?」
「うーん、だったらあれがいい」
屋台は果物を扱った食べ物が多い。そんな中でも存在感を放つ香ばしい香り。
視線をさ迷わせたユーリは匂いにつられ、そちらを指さした。
「昼を過ぎたので、ちょうどいいですね」
二人で向かったのは串焼きの店だった。ソースに果物が使われているのだとか。
このソースに漬け込んだおかげで、肉は普通に焼くよりもずっと柔らかく、旨みが溢れておいしいのだと店主が力説する。
「さあ、ユーリさま。どうぞ」
目の前でじゅうじゅうと鳴る、肉汁のはじける音に気を取られていると、食べ応えのありそうな串が目の前に差し出される。
ソースが垂れないよう、紙で包んである串焼き肉は一口食べられており、ユーリは安心して手を伸ばした。
そして湯気立つ肉とソースに気をつけながら、そろりと口に運んだ。
「ん、あつっ、い。けどおいしいな。本当に肉が柔らかい。歯ですんなりと噛みきれる」
「それはなによりです」
口元にソースが付くと、いそいそとデイルがハンカチで拭いてくれ、それを見ていた串焼き屋の店主が声をかけてきた。
「旅の方は首都のほうからいらしたんですか?」
「そうです。主人がドラゴンに興味をお持ちで」
「なるほど、ドラゴンさまは知られていない話が多いですからな」
「店主はドラゴンについて、聞いたことや知っている逸話はないか?」
食べるのに一生懸命だったユーリも、話題がドラゴンについてとなれば、意識はそちらへ向く。店主はそんなユーリの問いかけに、小さく唸った。
「ドラゴンさまは人に干渉されるのが嫌いで、国に自分の事柄を残すのを嫌がったとか。たしか婆さんの昔語りでは、ドラゴンさまは国で一番高い山を寝床にしているとか」
「国で一番高い山。――ホートラッドの山だろうか。国境が近い場所だ」
(行ってみたいが、確か叔父上の領地がすぐ近くにある)
自身をねっとりとした眼差しで見たミハエルを思い出し、ユーリは気を紛らわすように、串焼きをガツガツと食べた。
できるだけ関わりたくないという気持ちが強い。
「なんでも麓に幻の村があるって話ですよ」
「幻の、村? 初耳だ」
「地図にも載ってない、たどり着ける者も少ない村だそうです」
「ドラゴンに関係があるのだろうか」
店主の話にユーリはひどく興味をそそられた。
中枢にはまったく言い伝えが残っていない。民のごく少数にのみ口承 されているのだろう。
帝国建国にはドラゴンが関わっているというのに、帝位に関わる者たちはドラゴンについて知らなすぎる。誰も気に留めていないけれど、不自然なくらい。
建国はもう数百年前。なにごともなく国が動いていれば、気にすることではないのかもしれないけれど。だとしても、だ。
「ユーリさま、用事が済んだら寄り道してみましょうか」
「うん。そうだな。店主、ありがとう。とてもおいしかった」
デイルの言葉に頷き、ユーリは手元に残った串を店頭に備え付けられている筒へ入れた。
すると店主は頃合いを見計らっていたように、広場のほうを指さす。
「祭りを楽しんでいってください。もうそろそろですよ」
つられてユーリたちが指先の向こうへ視線を向けたら、火薬のはじける音が響き、視線の先で紙吹雪が舞った。催し開始の合図のようだ。
「行きましょう。ユーリさま、しっかりフードを被ってくださいね」
「ああ、わかった」
どんな催しが行われるかは詳しく知らない。
収穫祭にちなんだ少し派手な催しだと、デイルから事前に聞いていたけれど。
広場のほうはやけに騒がしく、歓声が上がっている。
(派手というのは物理的な意味なのだろうか)
そんな風にユーリが考えているうちに、突然横からなにかが飛んできた。
驚き、肩を跳ね上げたユーリとは対照的な反応をしたデイルは、マントで飛来してきたものを冷静に遮る。
瞬間、びちゃっと水音がして、甘い香りとともになにかが地面に落ちた。
「デイル、いまのは?」
「この地域の特産、ドラフィです。柔らかくて甘い果実ですよ。甘いのですが、べたつきがなくさらさらとした果汁なんです」
「特産? 果物? いま、飛んできたぞ?」
地面には形の崩れたドラフィという真っ赤な果物が落ちている。
種子がたくさん入っているらしく、赤い果実と白い種の色合いが鮮やかだった。
「投げ合って収穫を分かち合うんです。伝わる話ではドラゴンがドラフィを好んでいて、彼の口元へ投げ込んだとか。果物の名前もおそらくそこが由来では」
「面白い風習があるのだな。確かにこれは都では行えない」
貴族が多い帝都ではこのような祭りは無理がある。ドレスが、コートが汚れたと言うだけで目くじらを立てる者もいそうだ。
「だが楽しそうだな」
「日頃の鬱憤を解消していそうですね」
「これはいつまで続くんだ?」
「用意しているドラフィがなくなるまでです。ドラフィはいまの時期、たくさん実るのですが、とても柔らかいので出荷できない傷物もできやすいのですよ」
「なるほど、それを使っているのだな。もったいない気もするが」
ドラゴンがどれほど美食家かはわからないけれど、甘い匂いは周囲に立ち上っていても良い香りだと思えるほどだ。
食べたら果汁が口に染み渡り、おいしいのではないかと想像できる。
「ドラフィはあんまり日持ちしないんですよ。傷が付くとなおさら。貴人さま、お一ついかがですか?」
ユーリの呟きが聞こえたのか、近くの果物屋の女性が、半分に切ったドラフィを掲げて見せてくる。
ユーリはちらりと確認のため、デイルを見上げた。彼が黙って頷き、優しく笑ったので、いそいそとそちらへ足を進める。
「掬って食べてください。種も食べられますよ」
店番の女性に皿へ載せたドラフィとスプーンを渡され、どうしようかと悩んでから、ユーリはスプーンで掬った果実をデイルへ差し出した。
わずかに驚いた表情を見せた彼だが、すぐに察して果実を口に含む。軽く咀嚼して飲み下したデイルは、大丈夫の代わりに頷いた。
彼の仕草を確認してから、ユーリも早速と口に運ぶ。
「甘い。けど、くどくはないな。種がプチプチしている。不思議な食感だ」
果実は汁が滴り、柔らかな果肉を噛むと甘さが広がる。弾力のある透明なものに包まれた種は食感が面白く、ユーリはあっという間に半分を完食してしまった。
「これほど柔らかいと持ち運びに気を使うな」
「お土産ですか?」
「うん、兄上たちは嫌いだろうか」
「お好きだと思いますよ。滅多に食べられない果実ですし。ではまずいくつか購入しましょうか。ライードたちの分も合わせて」
詳しく話さないが、なにか良い案があるのだろうと、ユーリはこくんと頷き返した。
デイルは大小、木箱入りのドラフィを購入する。
そのあとは軽く祭りの様子を楽しんでから、宿へ帰ることにした。
手荷物がある以前に、飛び交うドラフィの果汁がマントやズボンに飛び散って、所々赤く染まっているのだ。
「あら、お客さま、おかえりなさい。随分と盛大に汚れましたね」
「すまないが、湯を頼む」
「かしこまりました」
宿屋へ帰ると女将がユーリたちの姿を見て、楽しそうに笑う。ドラフィまみれというのは祭りでは当たり前と言える格好なのかもしれない。
嫌な顔をするどころか、彼女は「楽しめましたか」と訊いてくるくらいだ。
「たっぷりのお湯、すぐお持ちしますね」
本当に部屋へ戻ってすぐ、大きなたらいにたっぷりの水と、湯を沸かす魔道具が届けられた。水が足りなければいくらでもと、言い添えて。
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