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第21話 二人の旅の行く先
ユーリたちは翌日、朝から町――パトルの治療院などを回って歩いた。
解毒薬は想定より多く持ち運んでいる。しかし帝都から離れた場所であるはずなのに、患者の数が思ったよりも多く、気にかかった。
話を聞くと最近、山のほうから、川の水と一緒に土砂が流れてきたという。
体調を崩す者たちが増えてきたため、いまその川周辺は立ち入りを禁じているようだ。
「町の方々の賢明な判断でしたね」
「帝都の噂が、各所に拡がったあとだったのが幸いしたな」
治療院を出て、四人はひとまず近くにあった休憩場所で腰を落ち着けた。宿の者に頼んで作ってもらった、肉を挟んだパンで軽く腹ごしらえをする。
周囲には同じように昼休憩している治療院の従事者たちがいた。町の人たちだけでは手が足りず、よその村などから手伝いに来ているらしい。
「土砂は、どちらから流れてきたんだろう」
フィンとライの言葉を黙って聞いていたユーリは、しばし考え込んだ。
川の上流は二ヶ所ある。フィズネス公爵領とホートラッド山。
途中で二つの川が合流し、町まで流れてきていた。
「なにかが崩れてできた土砂ならば、平地の公爵領ではなく、ホートラッドでは」
「……うん、そうだな。だとしたら先にそちらへ向かったほうがいいか」
考えに集中していたユーリは、ふいに隣から声をかけられ、一瞬だけ胸の音を跳ね上げる。
いつものことなのに、デイルが並んで椅子に腰掛けていたのをすっかり忘れていた。
丸太で作られた簡易の長椅子はさほど大きくなく、並んでいると意外と距離が近いのだ。
声も近すぎたゆえに余計、驚いてしまった。
デイルが探していた人物であり、ユーリのために未来を捧げてしまったと知ってから、ずっと心が落ち着かない。
ドラゴンとの会話は夢かと思っていたけれど、浅い眠りから目覚めたら、ユーリの手のひらに緋色の鱗――正しくは鱗の欠片――があった。
未来でドラゴンの魔力を肌で感じ、身をもって知っているので、本物だとすぐに気づいた。
鱗はいま、なくさないよう服の内ポケットにしまっている。
デイルはユーリの些細な変化を感じ取っているようだが、問いかけてこない。
(誰とも添い遂げない――と言ってたのだから、やはりディーに未来の記憶はある。思えば言葉の端々にそう匂わせる言い回しがあった)
未来をともに生きられないからと、黙っている可能性が高い。
ならばどこかでお互いに話し合わなければ、すれ違ったままになってしまうだろう。
ユーリは見す見すデイルを失う気はないのだ。
「山はどこまで馬で近づけるんですかね」
「なにか結界が張られているのでしょうか」
「ユーリさま、ご存じですか?」
「え? あっ、麓の森までは問題なく行けるはずだ。父上の話では、森の奥へ入ろうとしても入り口に戻されてしまうとか」
黙々とパンをかじりながら考え込んでいたユーリだったが、三人の視線を感じ、辛うじて聞いていた問いに返事をする。
「そういえば幻の村はたどり着ける者が少ないと言っていましたね」
「ああ、祭りでそんな話を聞いたな」
デイルと二人で立ち寄った、屋台の店主がドラゴンについて訊ねたとき教えてくれた。
「なるほど、完全に閉鎖された場所ではないのですか」
「認められた者だけが入れる、みたいな感じか」
向かい側で顔を見合わせるフィンとライ。その様子にユーリが訝しげに首を傾げたら、二人は揃って同じことを言う。
「ユーリィさまと」
「デイル、二人で行ったほうが良くないですか?」
「え? なぜだ?」
「たぶん、ドラゴンに関わりがあるのって二人ですよね?」
「私も同意見です。ユーリィさまはおっしゃいませんでしたが、デイルも関わりがあるのではないですか?」
「……あ、あるのか?」
二人の言葉にユーリはひどく動揺をした。
ユーリ自身は昨日、知ったばかりだというのに、二人は前から確信があったそぶりだ。
動揺のあまりユーリが隣のデイルに問いかければ、彼はじっと見つめ返してきた。
「ユーリィさまはわからないかもですね。こいつはユーリィさまの誕生日以降、変なんです」
「確かに、変ですね。妙にユーリィさまの前だとそわそわした様子で」
「は? え? デイルのどこがそわそわしているんだ? いつもキリッとしてるじゃないか」
「ユーリィさまにはそう見えるんですか」
「こういうのはなんと言うのでしたか」
「二人揃ってなんだ、その目は」
ライとフィンの目がいつもの生ぬるさではなく、呆れた半目になった。
とはいえ、デイルがいつもキリリとしている印象なのは本当だった。少なくともユーリにはいつでも凜々しく見えている。
「元々ユーリィさまには愛想のいい男でしたけど、ね」
「そうですね。基本的に彼は無感情な男でした」
「デイルが?」
これまでを振り返っても、ユーリにはそんなデイルをまったく想像できない。
いつも柔らかく笑い、優しい声音で話してくれた。素っ気ない態度など一度もなく、いつだって紳士的だった。
しかしもしや、と未来でのデイルの性格を思い返す。
(そういえばディーって人見知りだった。あまり人前が好きじゃない。だからか)
誕生日以降から態度が変わったということは、目覚めたユーリに会って、未来のユーリだと気づいたのだ。
「デイルはすぐに僕の違和感に気づいたのか? そんな様子はわからなかったけど、デイルは僕を良く見ているんだな」
ふっと、自身に向けられていた視線が離れたのに気づき、ユーリは隣にいるデイルを再び見つめる。
「ユーリさまはいまも昔も変わりません」
「でも確かに違うと感じたんだろう?」
「…………」
問いかけたら黙秘を行使された。
じっと彼の横顔を見ていると、じわじわと耳が赤くなっていくのがわかる。
本人は一生懸命こらえているのだろうが、可愛らしい反応にユーリはくすりと笑った。
(大事な護るべきユーリではなく、心を通わせた僕だと気づいて、態度が変わってしまったんだよな、きっと。無意識だったとしても嬉しい)
振り向かないデイルの横顔を見つめながら、ユーリが一人でニコニコとしていたら、急にライが咳払いする。
「えー、俺たちは」
「森の浄化のほうを手伝ってきましょう」
「そうだな。治療院も各地に増えたし、フィン、移動するか」
「ですね」
「どうしたんだ? 二人とも」
突然予定を変更し始めたライとフィンに、ユーリは目を丸くするけれど、示しを合わせたように二人は立ち上がる。なんだか既視感のあるやり取り。
そしてあっという間に手荷物を片付け、デイルに「いまのユーリィさまは成人前だ」とよくわからない忠告をして去って行った。
「成人前って、なにか意味があるのか?」
「…………」
相変わらず沈黙を保つデイルの耳がさらに赤くなっていった。
そんな様子を見て、ユーリはしばし考える。
「年齢? ――あっ、僕は嫌じゃないぞ」
「ユーリさま、軽率すぎます」
「口づけをした仲だろう?」
「――っ、そういう話はこんな場所でしないでください」
「僕と関係を持つのが恥ずかしいのか?」
「あなたと私、いくつ違うと思っているのですか」
「ふむ、世間の目が厳しいのだな」
慌てた様子で声を小さくするデイルに、ユーリは重たい息を吐く。
ユーリの中身は二十五歳の大人。いまのデイルと同じ歳だ。感覚として、自身が成人前の少年という自覚が少なかった。
だが逆にデイルから見ると、十七歳の少年に手を出す三十路過ぎの男、という感覚になる。
「次の誕生日まで、お預けなのか。先は長いな」
「ユーリさま。旅支度するために、買い物へ参りましょう」
「ん? ああ、わかった」
すっと立ち上がったデイルの耳はまだ赤いものの、出発の準備を始めなくてはいけないのも確かだ。
ホートラッド山に一番近い町がここ――であれば、この先は野宿になる。
ライとフィンがいないので二人きりでの移動。道中、考慮すべき点もあるだろう。
先を行くデイルの後ろをユーリが追いかければ、背後から「あんな綺麗なご主人様に迫られたら色男も形無しだな」と苦笑混じりの声が聞こえた。
(なるほど、デイルも居心地が悪くなるわけだ。気をつけよう)
以前、自身の容姿に自覚を持てと言われた。はたから見ると美少年に迫られ、タジタジな青年騎士、という絵面になる。
デイルがこの先、恥ずかしい思いをするのは嫌だったので、ユーリは気をつけようと心に留め置いた。
いったん、荷の確認のため宿に戻れば、ライとフィンはすでに引き払ったあとだった。
一緒に行動していたので、ユーリたちはどうするのかと入り口で宿の者に聞かれる。
すぐに荷物をまとめても良かったのだが、デイルはもう一泊すると伝えていた。
「もの言いたげですね。日も高いですし、出発をしてもいいですが、今夜くらいはベッドで眠ってください。道のりは長いですよ」
「そうか、この先に宿はないものな」
デイルの背中をじっと見ていたら、心を読まれた。しかし納得のいく返事だったので、ユーリは黙ってこくんと頷く。
「買い物と言っていたが、なにを買うんだ」
「そうですね。食料を少し買い足しましょう。おそらく三日くらいかかるでしょうから」
「僕が馬を駆るのが上手じゃないからだな」
「乗馬歴を鑑みれば、ユーリさまはとても上手だと思いますよ」
「いまにもっと上手くなるからな」
「楽しみにしています」
からかわれた気がするものの、優しく微笑んだデイルにユーリは胸をドキドキとさせた。
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