21 / 36

第21話 二人の旅の行く先

 ユーリたちは翌日、朝から町――パトルの治療院などを回って歩いた。  解毒薬は想定より多く持ち運んでいる。しかし帝都から離れた場所であるはずなのに、患者の数が思ったよりも多く、気にかかった。  話を聞くと最近、山のほうから、川の水と一緒に土砂が流れてきたという。  体調を崩す者たちが増えてきたため、いまその川周辺は立ち入りを禁じているようだ。 「町の方々の賢明な判断でしたね」 「帝都の噂が、各所に拡がったあとだったのが幸いしたな」  治療院を出て、四人はひとまず近くにあった休憩場所で腰を落ち着けた。宿の者に頼んで作ってもらった、肉を挟んだパンで軽く腹ごしらえをする。  周囲には同じように昼休憩している治療院の従事者たちがいた。町の人たちだけでは手が足りず、よその村などから手伝いに来ているらしい。 「土砂は、どちらから流れてきたんだろう」  フィンとライの言葉を黙って聞いていたユーリは、しばし考え込んだ。  川の上流は二ヶ所ある。フィズネス公爵領とホートラッド山。  途中で二つの川が合流し、町まで流れてきていた。 「なにかが崩れてできた土砂ならば、平地の公爵領ではなく、ホートラッドでは」 「……うん、そうだな。だとしたら先にそちらへ向かったほうがいいか」  考えに集中していたユーリは、ふいに隣から声をかけられ、一瞬だけ胸の音を跳ね上げる。  いつものことなのに、デイルが並んで椅子に腰掛けていたのをすっかり忘れていた。  丸太で作られた簡易の長椅子はさほど大きくなく、並んでいると意外と距離が近いのだ。  声も近すぎたゆえに余計、驚いてしまった。  デイルが探していた人物であり、ユーリのために未来を捧げてしまったと知ってから、ずっと心が落ち着かない。  ドラゴンとの会話は夢かと思っていたけれど、浅い眠りから目覚めたら、ユーリの手のひらに緋色の鱗――正しくは鱗の欠片――があった。  未来でドラゴンの魔力を肌で感じ、身をもって知っているので、本物だとすぐに気づいた。  鱗はいま、なくさないよう服の内ポケットにしまっている。  デイルはユーリの些細な変化を感じ取っているようだが、問いかけてこない。 (誰とも添い遂げない――と言ってたのだから、やはりディーに未来の記憶はある。思えば言葉の端々にそう匂わせる言い回しがあった)  未来をともに生きられないからと、黙っている可能性が高い。  ならばどこかでお互いに話し合わなければ、すれ違ったままになってしまうだろう。  ユーリは見す見すデイルを失う気はないのだ。 「山はどこまで馬で近づけるんですかね」 「なにか結界が張られているのでしょうか」 「ユーリさま、ご存じですか?」 「え? あっ、麓の森までは問題なく行けるはずだ。父上の話では、森の奥へ入ろうとしても入り口に戻されてしまうとか」  黙々とパンをかじりながら考え込んでいたユーリだったが、三人の視線を感じ、辛うじて聞いていた問いに返事をする。 「そういえば幻の村はたどり着ける者が少ないと言っていましたね」 「ああ、祭りでそんな話を聞いたな」  デイルと二人で立ち寄った、屋台の店主がドラゴンについて訊ねたとき教えてくれた。 「なるほど、完全に閉鎖された場所ではないのですか」 「認められた者だけが入れる、みたいな感じか」  向かい側で顔を見合わせるフィンとライ。その様子にユーリが訝しげに首を傾げたら、二人は揃って同じことを言う。 「ユーリィさまと」 「デイル、二人で行ったほうが良くないですか?」 「え? なぜだ?」 「たぶん、ドラゴンに関わりがあるのって二人ですよね?」 「私も同意見です。ユーリィさまはおっしゃいませんでしたが、デイルも関わりがあるのではないですか?」 「……あ、あるのか?」  二人の言葉にユーリはひどく動揺をした。  ユーリ自身は昨日、知ったばかりだというのに、二人は前から確信があったそぶりだ。  動揺のあまりユーリが隣のデイルに問いかければ、彼はじっと見つめ返してきた。 「ユーリィさまはわからないかもですね。こいつはユーリィさまの誕生日以降、変なんです」 「確かに、変ですね。妙にユーリィさまの前だとそわそわした様子で」 「は? え? デイルのどこがそわそわしているんだ? いつもキリッとしてるじゃないか」 「ユーリィさまにはそう見えるんですか」 「こういうのはなんと言うのでしたか」 「二人揃ってなんだ、その目は」  ライとフィンの目がいつもの生ぬるさではなく、呆れた半目になった。  とはいえ、デイルがいつもキリリとしている印象なのは本当だった。少なくともユーリにはいつでも凜々しく見えている。 「元々ユーリィさまには愛想のいい男でしたけど、ね」 「そうですね。基本的に彼は無感情な男でした」 「デイルが?」  これまでを振り返っても、ユーリにはそんなデイルをまったく想像できない。  いつも柔らかく笑い、優しい声音で話してくれた。素っ気ない態度など一度もなく、いつだって紳士的だった。  しかしもしや、と未来でのデイルの性格を思い返す。 (そういえばディーって人見知りだった。あまり人前が好きじゃない。だからか)  誕生日以降から態度が変わったということは、目覚めたユーリに会って、未来のユーリだと気づいたのだ。 「デイルはすぐに僕の違和感に気づいたのか? そんな様子はわからなかったけど、デイルは僕を良く見ているんだな」  ふっと、自身に向けられていた視線が離れたのに気づき、ユーリは隣にいるデイルを再び見つめる。 「ユーリさまはいまも昔も変わりません」 「でも確かに違うと感じたんだろう?」 「…………」  問いかけたら黙秘を行使された。  じっと彼の横顔を見ていると、じわじわと耳が赤くなっていくのがわかる。  本人は一生懸命こらえているのだろうが、可愛らしい反応にユーリはくすりと笑った。 (大事な護るべきユーリではなく、心を通わせた僕だと気づいて、態度が変わってしまったんだよな、きっと。無意識だったとしても嬉しい)  振り向かないデイルの横顔を見つめながら、ユーリが一人でニコニコとしていたら、急にライが咳払いする。 「えー、俺たちは」 「森の浄化のほうを手伝ってきましょう」 「そうだな。治療院も各地に増えたし、フィン、移動するか」 「ですね」 「どうしたんだ? 二人とも」  突然予定を変更し始めたライとフィンに、ユーリは目を丸くするけれど、示しを合わせたように二人は立ち上がる。なんだか既視感のあるやり取り。  そしてあっという間に手荷物を片付け、デイルに「いまのユーリィさまは成人前だ」とよくわからない忠告をして去って行った。 「成人前って、なにか意味があるのか?」 「…………」  相変わらず沈黙を保つデイルの耳がさらに赤くなっていった。  そんな様子を見て、ユーリはしばし考える。 「年齢? ――あっ、僕は嫌じゃないぞ」 「ユーリさま、軽率すぎます」 「口づけをした仲だろう?」 「――っ、そういう話はこんな場所でしないでください」 「僕と関係を持つのが恥ずかしいのか?」 「あなたと私、いくつ違うと思っているのですか」 「ふむ、世間の目が厳しいのだな」  慌てた様子で声を小さくするデイルに、ユーリは重たい息を吐く。  ユーリの中身は二十五歳の大人。いまのデイルと同じ歳だ。感覚として、自身が成人前の少年という自覚が少なかった。  だが逆にデイルから見ると、十七歳の少年に手を出す三十路過ぎの男、という感覚になる。 「次の誕生日まで、お預けなのか。先は長いな」 「ユーリさま。旅支度するために、買い物へ参りましょう」 「ん? ああ、わかった」  すっと立ち上がったデイルの耳はまだ赤いものの、出発の準備を始めなくてはいけないのも確かだ。  ホートラッド山に一番近い町がここ――であれば、この先は野宿になる。  ライとフィンがいないので二人きりでの移動。道中、考慮すべき点もあるだろう。  先を行くデイルの後ろをユーリが追いかければ、背後から「あんな綺麗なご主人様に迫られたら色男も形無しだな」と苦笑混じりの声が聞こえた。 (なるほど、デイルも居心地が悪くなるわけだ。気をつけよう)  以前、自身の容姿に自覚を持てと言われた。はたから見ると美少年に迫られ、タジタジな青年騎士、という絵面になる。  デイルがこの先、恥ずかしい思いをするのは嫌だったので、ユーリは気をつけようと心に留め置いた。  いったん、荷の確認のため宿に戻れば、ライとフィンはすでに引き払ったあとだった。  一緒に行動していたので、ユーリたちはどうするのかと入り口で宿の者に聞かれる。  すぐに荷物をまとめても良かったのだが、デイルはもう一泊すると伝えていた。 「もの言いたげですね。日も高いですし、出発をしてもいいですが、今夜くらいはベッドで眠ってください。道のりは長いですよ」 「そうか、この先に宿はないものな」  デイルの背中をじっと見ていたら、心を読まれた。しかし納得のいく返事だったので、ユーリは黙ってこくんと頷く。 「買い物と言っていたが、なにを買うんだ」 「そうですね。食料を少し買い足しましょう。おそらく三日くらいかかるでしょうから」 「僕が馬を駆るのが上手じゃないからだな」 「乗馬歴を鑑みれば、ユーリさまはとても上手だと思いますよ」 「いまにもっと上手くなるからな」 「楽しみにしています」  からかわれた気がするものの、優しく微笑んだデイルにユーリは胸をドキドキとさせた。

ともだちにシェアしよう!