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第31話 帝都へ向かう道
デイルが公爵領の騎士として仕事を始めて数ヶ月ほど経ち、気づけば建国祭が近づいていた。
二人の記憶に残る運命の日だ。
今回はユーリが祝う立場なので、帝都へ向かうこととなった。
公爵領から帝都までは視察で旅した時は距離を感じたが、今回はのんびり旅行という気持ちで出発したため気楽だ。
「いまはフィンメルが宰相を務めているのですよね?」
「ああ、そうだ。シリウス兄上が帝位に就いた際、一緒に交代したんだ。本当は僕のところへ来てほしかったんだが、優秀な人物だからそう上手くはいかないな」
移動は基本馬車だけれど、ずっと車内にいると息が詰まる。いまユーリはデイルの愛馬に相乗りさせてもらっていた。
最近、デイルは以前にも増して鍛え始めたので、背中を預けていると厚みを感じる。
なぜそんなにと聞いたら「ユーリさまを守る役目を誰にも譲りたくない」と返された。
譲るもなにもユーリはデイル以外にありえないと思っている。
ただ新米騎士の中にはデイルを知らない者もおり、ぽっと出が領主さまの傍に、と不満に感じているようだ。
説明をすれば早いが、八年ものあいだ時間が止まっていたとか、どうしてそんな事態になっただとか、あまりに途方もない話。
デイルとしても八年前に流行りかけた病を収束させた立て役者の一人、などと言われたくないようだ。ゆえにユーリの近衛騎士の座は実力勝負らしい。
(いくら頑張っても、新人たちでデイルに敵う者は、いなさそうだけどな)
「どうかされましたか?」
ちらりとユーリが後方列を覗いたのでデイルに不思議な顔をされた。誤魔化す理由でもないため、ユーリは正直に思っている言葉を口にする。
「うん。やっぱり僕のディーが一番だと思って」
現在もユーリはデイルを口説き中なのだ。
「ディー」
「いけません」
「まだなにも言っていない」
「もう少しで帝都に着きますよ」
口づけをしてくれと、せがもうとしたら一蹴された。ふて腐れてユーリが口を尖らせても、デイルは前を向き、キリッとした表情を崩すことはない。
「向こうに着いたらいっぱいするからな」
「はっ? ユ、ユーリさま! また戯れを」
「戯れじゃない。一体いつになったらディーは僕を抱いてくれるんだ? 口づけしかしてくれないなんて、もしかして――」
〝不能か〟とユーリが言いかけたら、不満げな表情を浮かべたデイルに顎を掴まれる。
そしてそのまま濃厚な口づけをされた。
舌でたっぷり口の中を愛撫されて、ユーリが蕩けきった表情を浮かべていると、ぐっと腰を抱き寄せられる。
「……不能じゃなかったな。良かった」
臀部に押しつけられたものを感じ一瞬、ユーリはわけがわからなく、目を瞬かせた。
しかしそれがデイルの昂ぶりだと気づき、頬を紅潮させながらも小さく笑う。
「私の努力と我慢を無にしないでください」
「なんの努力と我慢をしているんだよ! 僕はいつだって待ってるのに! それとも僕から行ったほうがいいのか!」
「そろそろユーリさま、黙ってください」
いつの間にか声が大きくなっていたようだ。大きな手のひらに口を塞がれてしまった。
それでもユーリがもごもごと文句を言い続けていたら、頭の天辺に口づけを落とされる。
なだめすかされているとわかっていても、気分が良くなってしまうのは惚れた弱みだろうか。
仕方なしにユーリは口を閉ざして、デイルの胸に体を寄りかからせた。
そのうちウトウトとして、起こされたのは帝都目前になってからだった。
さすがに寝たままでは良くないと思ってくれたのだろう。
デイルの気遣いにユーリは感謝をする。
馬車ならともかく、デイルに抱きかかえられてとなれば、家族にからかわれるだけではすまない。
起こして起きなければ、馬車へ移してくれただろうけれど。
いまのユーリは昔と違ってそれなりに知名度があるのだ。
いそいそと馬車へ乗り移り、帝都の門をくぐれば、紋章を見た民たちが道の端から手を振ったり、声をかけたりしてくる。
わりと毎度のことなので、いつものようにユーリは馬車の窓から手を振り返したが――馬車と並走して馬を操る、デイルへ視線が集まっているのに気づく。
「次回、ディーは馬車に乗せて入ろう」
不機嫌さが顔に出ないよう気をつけつつ、デイルを見ていたら、ユーリの視線に気づいた彼がちらっと振り返る。
おそらくユーリの不満を読み取ったのだろう彼は、不思議そうな表情を浮かべていた。
以前とは違い黒髪。歳も取っていない。だからこそ、元々ユーリ付きの近衛騎士であったデイルと気づかない者が多い。
新米騎士たちも、噂くらいは聞いているはずなのに思い至らないのは、元が鮮やかな髪色だったので、そちらの印象が強いからだ。
「未来の時みたいに、顔が隠れるくらい髪を伸ばしてもらうか? いや、それじゃあ、僕がディーの顔を眺められないから駄目だな。僕の好きな人は顔が良すぎて困る」
などと思っていたら――ユーリの話を聞いたライードに「お互い様ですよ」と言われた。
帝都での滞在は、元の住まいで現在、蒼天の離宮と名付けられている建物を与えられる。
ここはユーリが来たときにしか使われない。
荷ほどきは、ようやくやって来た主人のため、と嬉々として働いている使用人たちに任せれば安心だ。
デイルの存在に慣れていた彼らは、見た目の変化に一瞬だけ驚きを見せたものの、あとはいつもどおりの対応だった。
すぐに二人分のお茶を淹れてくれ、デイルも一緒に席へ着く。
「ユーリさま、転移陣をここに置きましょうか。月に数度でしたら、大丈夫です」
「え? でも領とここはかなり遠いから、デイル一人では、さすがに移動が大変だろう?」
帝都の使用人たちが、ユーリが領へ帰ったあと、主人が不在で寂しい、と漏らす。
なんて話をしていたのだが、デイルの思わぬ言葉を受けてユーリは目を見張る。
「全員運ぶのは難しいので、私とユーリさまだけでしたら、私の魔力で移動ができます」
「そうなのか?」
「ええ、問題ありません。ドラゴンの魔力はなくなりましたが、自然の魔力を借りて増幅ができます」
「ああ、もしかしてあの、魔法陣か。周囲の力を自力に変える。いまも、使えるのだな」
「はい、改良しましたので、私の少ない魔力でも使えます」
デイルが一生懸命に体を鍛えるのはこのせいでもある。
シノスの魔力がすべて返還されてしまったので、いまのデイルは平民より少し魔力がある程度。
そして騎士団にいる者たちは貴族が多いので、デイルに比べたら全員、魔力が多い。
ゆえに片眼だけ魔力を表す色があっても、漆黒の髪と瞳では格下に見られがちなのだ。
「デイルは勤勉だな。僕はそんなデイルだから傍にいることを許しているし、愛しているのだけどな」
「――っ、ユーリさま!」
飲みかけたお茶を吹き出しそうになったデイルは、慌てて胸元から取り出したハンカチで口を覆う。
しかしユーリは何食わぬ顔で、皿の上に並んだ焼き菓子をつまんだ。
「サイラスさま、気にするだけ損ですよ。わたくしたちからしてみれば、いつものユーリルさまです」
「え?」
テーブルにこぼしてしまったお茶をハンカチで拭おうとする、デイルをやんわりと留まらせ、侍女長が傍へ来てさっとふきんで拭う。
「ユーリルさまはここへいらした時はいつも、サイラスさまが目覚めなかったら自分もあとを追うのだと、さめざめと泣いておりました。必ず目覚めますよ、と毎度お慰めするのが大変でした」
「そうだったのですか」
「ええ、外では毅然とされていましたが。わたくしたちもサイラスさまのお戻りを、心よりお待ちしておりました」
勝手に暴露してしまう侍女長にユーリが視線を向けると、彼女は片目をつむって茶目っ気を見せた。
だが彼女だけではなく、ここにいる皆、デイルの帰りを待ちわびていたのは本当だ。
「陛下にも、自分は結婚を絶対にしない。自分はサイラスさまと添い遂げると言われて、見合いの絵姿などは受け取らない始末。最近は陛下も諦めた様子でしたわ」
「こら、それは言わなくていいんだ」
「……見合い」
「デイルもあ然とするな! 僕は誰とも婚姻を結ばないからな! 好きでもない相手と結婚するのはごめんだ!」
実は一番初め、シリウスから押しつけられた絵姿の中に、ガブリエラがいたのだ。
それを見た途端、ユーリはしぶしぶでも受け取るのが嫌になってしまった。
いまの彼女がどんな人物かわからない。だとしても未来を思い出して、頑なに拒否するようになった。
そんなユーリに嫁取りを熱心に勧めるシリウスを、さりげなくいさめてくれたのは父のルカリオだ。
未来での話をしたので、気を使ってくれたのだろう。
そのため家族は、ユーリはデイルが目覚めたからもう安泰、と思われている。
(実際のところまだ口説き落とせてないけどな)
向かい合わせでのんびりお茶を飲みながら、ちらりとユーリは愛しい人の顔を盗み見た。
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