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第5話 想いのかたち

「アカツキ、なんだよこれ」 「キジだ。やる」  両脚をつかんでぶら下げたキジを、ソラがおそるおそる受け取った。 「はあ。……羽むしって、(さば)いておくね」  作業を命じられたと思ったのか、ソラは背を向けて作業場に向かおうとする。 「待てよ!」  きょとんとしてソラが振り向く。  そういうつもりではなかったのだ。  しかし、ではどういうつもりだったのか、アカツキ自身もよくわからない。 「……髪、切ったのか」  呼び止めたのに何をいっていいかわからなくなり、とりあえず気になったことを聞いてみる。  ソラの長い髪は、うなじのあたりでバッサリと切られていた。 「ああ。十分伸びたから」  アカツキの脳裏に、ソラが海から上がる時、長い三つ編みを手で絞り、太陽が雫に反射してキラキラと輝いていた景色がよぎった。  いや、短いのは構わない。似合っている。ソラの大きな瞳と、首から肩にかけての滑らかな曲線が、何故か前よりも目立つ気がする。  ただ──。 「俺に何の断りもなく、切るんじゃねえっ」 「……え?」  戸惑うソラを残し、アカツキは、何故かくるっと踵を返し、その場を走り去ってしまった。 「わわん!」  かけっこをしていると思っているのか、ロロも一緒に駆けだした。 「うるせー、今はそんな気分じゃねえんだよ」  木に手をついて立ち止まり、アカツキが干し肉を少しちぎって放り投げると、ロロは見事に空中で捕まえた。  食料は皆で分け合うもので、特にキジのような肉は貴重だ。そろそろ秋も終わる。皆で協力して食料を蓄えておかなければならない。  アカツキとて、ロロや仲間の助けを借りなければ獲物は捕らえられないし、ドングリ団子を作る者や貝掘りをする者、服を作る者、色々いるからアカツキが狩りに集中していられるのだ。大切な食料は、一人だけのものではない。  それなのに、なぜ矢がキジを貫いた瞬間、ソラにやりたいと思ったのか。  アカツキにはよくわからなかった。  ──そうだ、あいつは自分で狩りができないし、弱っちいから、獲物を皆で分ける時もいつも最後の方だ。だから俺が少しくらい分けてやらないといけないんだ。  モヤモヤしながらその辺をぶらついていると、夕餉の準備ができたと女衆が呼びにきた。  広場の中心に火が焚かれ、女衆が大きな甕をかきまわし、貝や魚を煮ている。これとドングリ団子が今日の夕餉だ。貴重な肉は冬のためにとって置かなければならない。  その日、狩りで獲物を捕らえた者には、山ぶどうの酒がふるまわれる。  アカツキの傍らに、胸も尻もでっぷりと揺れる村一番の美女、マルメがやってきて、立派な縄目文様のついた酒器から、小さな器に山ぶどうの酒を注いだ。  酒器も小さな器も、村一番の土器づくりの名人の手によるものだ。ちょうど指がかかるところに縄目文様が刻みこまれており、持ちやすく手から滑り落ちない。  アカツキは、皆を食わせていくのに必要な者として大切に扱われている。  それを自覚しているから、気に食わない奴ともつるんで狩りに行くし、ソラが男衆に混ざりたがらないので、仲間外れになりはしないか気にかかるから、狩りに誘ってきた。  なのになんだか最近、苛立ちやモヤモヤが収まらない。 「アカツキよ。お前のおかげでどうやら今年の冬も、無事に越せそうじゃないか」  村の古老が笑いかけ、アカツキの傍らに立つマルメも、うんうんと元から細い目をさらに細めて笑っている。 「まだだ。今年は寒くなるのが早い。今のうちにもっと狩っておかないと」  狩りの季節は秋から冬にかけてだが、雪が降っていれば狩りには出られない。 「責任感があるのもよいが、お前自身のことをそろそろ考えてもいい年頃だぞ」  古老の言葉に、周りがどよめき、「そうだそうだ」とはやす。マルメが当たり前のように隣にドカッと腰をかけ、ぶにょっとした身体を押し付けてきた。 「お似合いじゃないか」  アカツキはギョッとして思わず身体を引いたが、どこかからかかった声に、周りの者は、上機嫌で声を上げて笑っていた。  ちらり、とソラの方をなんとなく見ると、ソラは、アカツキを見てはいなかった。  黒く、潤んだ瞳は、海の方を見ていた。  ◇ ◇ ◇  次の日、アカツキは兔を狩り、昨日と同じようにソラのところに持って行こうとした。  村に入ると、浜辺の方がなにか騒がしい。  兔の耳をひっつかんだまま、浜に駆けていくと、次第にはしゃぎ声が近づいてきた。  ロロも「わわんっ!」と走り出した。  砂浜を見下ろしたアカツキは、目を見開いた。  ゴロンと砂浜に転がされているのは、三尋(約5.4メートル)はあろうかというクジラだった。  背中には銛が刺さり、全身には網が絡まっている。  そして、網の端を持ってじゃぶじゃぶと波打ち際に上がってきたのは、ソラだった。  切りっぱなしの髪は濡れて太陽に光り輝いており、したたり落ちる水滴が光を反射してソラのしなやかな身体を輝かせていた。  濡れた顔の水滴をぬぐいながら、ソラは嬉しそうに笑っている。  クジラの肉はうまいし、干してとっておくこともできる。脂肪は灯りとして使えるし、骨は色々な道具に加工することができる。  しかし、獲るのは容易ではない。クジラが浅瀬に迷い込むこともあるが、丸木舟で追いかけても到底追いつけない。  海にいるクジラを狩った話は、ボケた年寄りのヨタ話で、アカツキがクジラを食べたのは、子供の頃、浜に打ち上げられて瀕死になっているクジラを大人たちが総出で狩った時だけだ。 「クジラだ!」 「すごいなソラ!」  老いも若きもソラの周りに集まり、口々にほめそやしている。 「弱ってたのを獲っただけだよ。昨夜、シャチに追い立てられて入り江に逃げ込んでくるのが見えたんだ」  長い髪を編み込んで丈夫な網を作り、引き潮に乗ってクジラにそっと近寄り、銛で仕留めると網をかけ、今度は満ち潮に乗って丸木舟で曳いてきたという。  少し照れたように微笑むソラの顔は、太陽の光を反射して輝いている。  指一本触れていないのに、アカツキの心臓は、浜辺に打ち寄せる波よりも、騒がしく鳴っていた。  人々に囲まれて、少し照れたように笑うソラを見て、アカツキは、これまでモヤモヤとわだかまっていた何かに、急速に形が与えられていくのを感じた。  そして、ソラは、弱くもなければ、狩りができないわけでもない。  手にぶら下げた兔が急にみすぼらしく感じられ、アカツキは立ちすくんだ。

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