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エピローグ1 縄文BLアーカイブス

「え~、縄文時代の墓は、このように基本的に住居の隣に作られます。ちなみにこれが弥生時代になると、集落内の住居とは別のエリアに墓が作られるようになるのです」  ベージュ色のサファリハットをかぶり、ポロシャツにチノパン姿の初老のガイドが、指示棒で遺構を示す。  かつて竪穴住居があった大きな丸い遺構の隣には、柵で囲われた甕棺墓の遺構があった。 「この時代は、屈葬といって、胎児のようなうずくまった姿勢で葬られるのが一般的です」  ボクシングの構えのように肘を近づけてうずくまる真似をすると、見学者がふむふむと頷いた。 「ここの墓も同様に、縄文人が屈葬されていましたが、この墓の大きな特徴は、成人男性二人が一つの大きな甕に向かい合うように葬られていたことです」  さらに、二つの骨は互いに指を絡め、同じ石から作られた首飾りを身につけており、生前の強い結びつきが感じられた。 「家族ですか?」  見学者の質問に、ガイドは濁した解答をした。 「さあ……それはまだわかっていません。兄弟だったのか、それとも……。いずれにせよ、強い結びつきがある、という意味では広い意味の家族と言っていいんじゃないでしょうかね」  初老のガイドは黙っていた。同じ集落の違う場所から驚くべきものが発掘され、学会をにぎわせているということを。  これまでの縄文研究の常識を覆す、ケタはずれの発見だ。万一ニセモノだったら大変なことになる。  驚くべきもの……。それは一抱えほどもある大きな壺だった。  縄文晩期の特徴である、繊細かつ豪華な縄目文様で持ち手を飾られたその壺の側面部分には、絵のようなものが刻まれていた。  研究の結果、それらはまぐわう人々であることがわかっている。  「性」について縄文時代はおおらかな時代で、女性を中心とした母系社会だったと言われるが、この壺に描かれている人々は、どう見ても両方とも男根らしきものを備えているのだ。  さらに、古代の性交は後背位が基本だったと言われるが、この壺には何種類もの体位が描かれているのである。  古代スポーツを描いたギリシャのアンフォラのように、様々な体位が描かれており、ざっと判別できるだけでも、後背位、正常位、対面座位、騎乗位、尺八、櫓立ちなどがある。  縄文文化は、文字を持たない。  男女のまぐわいは、情報の交流がなくともやり方が途絶えたりはしないが、男同士の場合には、「ノウハウ」がなければわからなくなってしまうこともあるだろう。  製作者、発注者、いずれがそうであったのかわからないが、おそらくマイノリティであっただろう、同じセクシャル・オリエンテーションを持つ者へ伝わることを願って作られたのではないかと、彼は推測していた。  同性愛を想起させる、これらの遺跡をなんと名づけようか……。  本業である大学の研究室で、彼の優秀かつ軽薄な助手は、これを「縄文BLアーカイブス」と勝手に名づけていた。  “BL (Boys Love)”を用いた場合、“Boys”やLove”の定義をグローバルレベルで共有できるか、英語として正しいのか、一人の学問の徒としては気になることだらけだが、まだまだ発掘は終わっていないにもかかわらず「アーカイブス」と名付けた助手の意気込みには、ある種の感銘を抱いた。  空は青く、森と海を色鮮やかに照らしていた。  初老の学者は、かつてのこの地の景色を想い、縄文の多様な性とおおらかな芸術性、そして他者への優しい眼差しに胸が熱くなった。

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