47 / 76

2-18 黒衣の少年

 洞窟の中は薄暗いが、所々に生えている光蘚(ひかりごけ)のせいか、ぼんやりとしているが灯りの代わりになっている。  奥深くには張り巡らされた糸の結界があり、それに囲まれるように鬼蜘蛛が脚を縮めて休んでいた。  その糸には、大人ふたりは入りそうな大きな繭が三つほど括られており、繭たちは薄闇の中でうっすらと青白く光っているように見える。  (ひら)けた場所のようで、洞窟の中は思いの外天井が高く、広々としているせいか音がよく反響する。ごつごつとした岩や鍾乳洞が点在しており、ぽたぽたと一定の感覚で雫が落ちる音がした。 「これはどういうつもりなの?」  黒装束を纏った、少年らしき声が鬼蜘蛛に問いかける。  鬼蜘蛛は反応を示さず、同じ体勢のまま、糸の結界の内側で言葉を聞き流す。この中に少年は入れないらしく、苛つきが声に出ていた。 「俺の蟲笛を遮っただけじゃなくて、他人が操っている傀儡(かいらい)を制御するなんて、」  頭に深く被された衣が、少年の表情さえも隠す。皮肉な声で軽く声を上げて笑う。 「鬼蜘蛛もたかが傀儡のくせに俺に背き、あげく、獲物ごと引きこもるとはね」  久々に能力を使ったため、力が劣っていたのかもしれない。かつての自分ならこんなへまはしなかった。それもこれも全部あの笛の音のせいだ。 「まあ、これで俺の任務は完了なわけだし、鬼蜘蛛を完全な傀儡にできなかったのは惜しいが、主人に歯向かうような馬鹿は処分するのみってね、」  少年は口元に蟲笛を付け、息を吹き込む。すると、真後ろに少年の二倍以上大きな黒い蟷螂(かまきり)が現れた。その黒蟷螂(くろかまきり)は、左右の漆黒の刃を擦ってしゃりしゃりと研ぎながら、主の号令を待っているようだった。 「鬼蜘蛛の肉を喰らうのがそんなに楽しみか?だがその前に、お前には邪魔が入らないように他の奴らの始末をしてもらう。お楽しみはその後だ」  首をかくかくと左右に動かし、大きな深緑色の眼で鬼蜘蛛の方をじっと見ている黒蟷螂に、少年は右手を横に出して制止する。鎌を研ぐ音が耳障りだったのか、少年はふんと蟷螂の方を仰ぎ見る。 「さっさと行け。夜が明ける前に終わらせろ」  命を受け、巨大な黒蟷螂は本来の蟷螂の大きさに姿を変え、洞窟の中を透き通った翅をばたつかせて飛んで行った。 「まあ、本来の目的さえ完遂すれば、過程なんてどうだっていい」  少年は近くの岩に腰を下ろすと、そのままぶらぶらと足を揺らす。 「あいつは俺たちを利用しているつもりだろうが、利用されてるのは自分だってことを思い知ればいいんだ」  口の端を歪めて言い放つ。首から下げた蟲笛を指先で弄びながら、少年は漆黒の衣の奥で不敵な笑みを浮かべる。頭から深く被った衣は、口元以外は影になってよく見えない。  少年のような姿をしているが、実際のところは解らない。  ふんふんと鼻歌を歌いながら、楽し気に身体を揺らす。調子はずれで独特な音程のその鼻歌は、洞窟の中で反響し合い、不思議な音色を奏でていた。

ともだちにシェアしよう!