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3-19 玄冥山

 無明(むみょう)が目を覚ました時、金色の二つの月が見えた。それは頭の上にある灯篭の灯りとは別に、薄暗い洞穴の中でうっすらと光って見える。  まるで犬猫のようなその瞳の光を、怖いとは少しも思わなかった。 「目が覚めた? 身体は平気?」  明るく弾むようなその話し方に、無明は自分があの時、水の中で彼の真名(まな)を口にしたという事実を思い知る。  初めて会った時と同じ。右が藍色、左が漆黒の半々になっている衣を纏い、左耳に銀の細長い飾りを付けてるその鬼は、本当に嬉しそうに見下ろしてくる。  そしてあの時と同じように、どこまでも無邪気な笑みを浮かべて顔を覗き込んできた。 「ここは······どこ? 白笶(びゃくや)は無事?」 「ここは玄冥(げんめい)山の玄武の祠だよ。白群(びゃくぐん)の公子殿は邪魔だから置いて来た。あ、心配はいらないよ。あの公子殿は自分の仕事をしなきゃだからね、」 「どういう、意味? 何が起こってるの?」  身体を起こして、辺りを見回す。すると、見知らぬ青年の姿が視界に入った。  白い衣の上に肩までの長さの黒い衣を纏い、赤い腰帯を巻いている青年は、ばつの悪そうな顔でこちらをちらちらと見てくる。  ふと眼が合うと、はっと青ざめた顔をして、狼煙(ろうえん)の陰に隠れてしまった。 「えっと······あのひとは、誰?」 「うん、やっぱり間違いない」  満面の笑みを浮かべ、狼煙は首を傾げている無明の右手を握り締めた。  氷でも触っているような冷たい感覚が指先まで伝わって、無明は彼がやはり人ではないのだと実感する。 「あなたはやはり、間違いなく神子(みこ)だということ」 「だから、どうして、そうなるのかを訊きたいんだけど······、」 「彼は玄武、太陰(たいいん)。かつて始まりの神子が生み出した聖獣のひとり。その姿が見えるのは、神子自身と、その眷属たちだけなんだ」  無明はその言葉に呆然となる。目の前に、四神のひとり、玄武がいるのだ。そうなるのが自然だろう。どうみても普通の青年に見える。瞳は青いので、碧水(へきすい)の人間と言われれば誰も疑わない。 「え、でも、じゃあなんで狼煙も見えるの? もしかして狼煙も神子の眷属なの? だから俺を主だなんて言ったの?」 「俺のことはとりあえず置いておいて? 今は神子に聞いてもらいたいことがあるんだ。あなたが眠っている間に、色々と事態が悪い方向に進んでる」  狼煙はそんな台詞を言う時でも、弾むように軽く、調子のよい声で言うので、その悪い事態というものがどの程度なのか想像が難しかった。 「ということで、太陰兄さんから重大なお話があるから、ぜひとも聞いてあげて欲しい」  無明から離れ、今度は後ろに隠れている太陰の背中を押して、自分の前に出させた。  玄武、太陰は苦笑いを浮かべ、こほんと咳払いをすると、石の机の上に座ったままの無明に向かって、改めて儀式的な丁寧な拝礼をしてみせる。  その行為に、無明は思わず慌てふためく。どうして神のような存在の聖獣が、自分などにそんなことをするのか。全く理解できなかった。

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