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3-28 青嵐

 その武器は、柄の部分が槍のように長く、その先は大きな斧が付いていて、見た目だけでもかなりの重量感があるというのに、地面にめり込んでいた切っ先を、軽々と片手で持ち上げてしまった。 「妖者を操るだけが烏哭(うこく)の能力だと思ったら、それは間違いだ」 「それは知らなかったな。けれども、正直どうでも良い」 「白冰(はくひょう)様!」  ひらひらと大扇を揺らし、三人の後ろから現れた白冰に、雪鈴(せつれい)はほっと安堵の表情を浮かべる。 「これはこれは、公子自らお出ましとは! 俺は今日はツイているようだ! お前の首を持って帰れば、俺の地位も上がるだろうよ!!」 「お前は烏哭(うこく)は烏哭でも、下っ端の使い捨てだろう? お前ごときなら、この大扇で十分だ」 「噂通り、口だけは達者なようだっ!!」  再び斧を振り上げ、まったく動かない白冰の頭上に向かって振り落とした。竜虎(りゅうこ)は目の前で起こった光景に、言葉を失う。  斧と大扇がぶつかった瞬間、衝撃破のような風が巻き起こり、ふたりの纏う衣と白冰の髪の毛を宙に勢いよく舞わせた。  力任せに振り落とされたその斧は、先程の白冰の言葉通り、その手に持つ一本の大扇によって止められてしまったのだ。  どれだけの力がぶつかればそんなことになるのか、それ以前に、大男がいくらその切っ先を渾身の力で押しても、それ以上動かせないのだ。  大男の顔は黒衣に覆われて見えないが、その奥で冷や汗をかいている事だろう。 「白冰様の宝具、青嵐(せいらん)は、ただ風を巻き起こすだけの大扇ではないんです」  衝撃波で乱れた前髪を直しながら、雪鈴(せつれい)が隣でぽつりと呟く。 「それに白冰様は、白笶(びゃくや)様や雪鈴の数倍は腕力強いから、」 「そういう問題じゃないぞ!」  のんびりとそんなことを言う雪陽(せつよう)に突っ込まずにはいられなかった。あんな怪力の繰り出した攻撃を、片手で、しかも大扇一本で止めてしまったのだ。腕力だけの問題ではない。 「もう終わりかな?」 「ぐっ·····おのれっ······俺を愚弄する気かっ」 「愚弄? お前こそ、その程度の実力でよくも私に刃を向けたものだ」  先程までの人懐っこい穏やかな表情が一変、冷ややかな眼差しで見上げてくる。大男はひぃっと思わず情けない声を上げてしまった。  はあ、とあからさまに面倒くさそうに瞼を閉じて嘆息し、次にその青い瞳を開けた瞬間、大扇に少しだけ力を入れ、大男が持つ斧を弾き飛ばした。  弾き飛ばされた斧は、大男の手を離れ、そのまま地面に勢いよく突き刺さる。どん! という大きな揺れと地響きが、その重さを物語っている。 「もういい。お前では話にならない。時間の無駄だ。さっさと失せろ」 (こわっ····こわすぎる····!)  白冰が時々見せていた、あの冷ややかな眼差しを十倍増しにしたようなその表情と口の悪さに、竜虎は石のように固まる。 (むしろあれが素なのか? 本当に嫌いな相手には容赦ないって感じだな、)  雪鈴と雪陽は、あはは、と頬を掻く。普段が穏やかで飄々としている白冰だが、今回の件に関しては本気でキレているようだ。  しかも相手は彼が一番嫌いな分類に該当する存在。  案の定、大男はがくりと膝から崩れ落ち、地面に手をついた。

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