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4-1 お願い

 碧水(へきすい)の宝玉は砕けた。その現実は変わらない。宗主がなんとか朝陽が昇る寸前まで守り切ったのだが、玄武の陣が空に展開されたその瞬間、黒い宝玉にひびが入り、そのまま粉々に砕け散ってしまったのだ。  その代償に玄武の加護は戻り、ひとまず碧水は平定された。妖者たちはすべて浄化され、都に民は戻り、市井(しせい)はいつもと変わらない朝を迎えた。 ****  白群(びゃくぐん)(はく)家、宗主の部屋。  そこに集まっていたのは、白漣(はくれん)白冰(はくひょう)竜虎(りゅうこ)、そして無明(むみょう)白笶(びゃくや)の五人だけだった。  無明と白笶はふたり並んで三人の前に座らせられており、他の三人は宗主を挟んで右側に白冰、左側に少し離れて竜虎が座っていた。 「話は大体理解した。しかし、本当にそれで良いのですか?」  白漣は白笶が語った大まかな事情を聞いた上で、ふたりに対して敬意をもって言葉をかける。  白笶はまっすぐに宗主を見つめて、それから深く頭を下げた。無明はそんな白笶を横目で見て、それから同じように頭を下げた。 「俺は、······私は、なにも解らないんです。自分がそれであることも、本当に自覚もなくて。だから、神子(みこ)と呼ばれても困るし、これからどうしたらいいかも分からない。だから、私がそれであることを自分自身で認められるまで、このことは他の一族の宗主以外には伝えないで欲しいんです」  それと、と顔を上げて無明は、にっと笑みを浮かべる。それはどこか、吹っ切れたかのような、そんな笑みで。 「やっぱり俺は、俺でしかないから。だから、今まで通り無明でいいし、敬語なんて使わないで欲しい。そうじゃないと、なんだか、俺がいなくなっちゃうみたいで······だから、これは俺からのお願い! 殿も様もいらないし、神子なんて呼ばないで欲しい。我が儘かもしれないけど、」  最後の方は声が小さくなり、背中も少し丸まってしまう。膝の上で握りしめた細い指が、少し震えていた。自分で自分を否定しているような気がしてきて、なんだか気が沈む。  そんな無明の手の上に、白笶がそっと左手をのせた。そのあたたかさに、冷たくなっていた手が熱を取り戻す。 「これが、神子の、無明の意思です。私は華守(はなもり)として、その意思を守ります。故に、伯父上たちにもそのようにしていただきたい」  白漣はゆっくりと頷き、承知したと答える。それを皮切りに、隣で白冰が、はあと嘆息する。 「まったく君というひとは、本当に興味が尽きない存在だよね。そんな君だから、みんなが愛してやまない。私としても、これからも符術の研究を共にしたいし、友としてできることはやってあげたい。だから、これからも仲良くしてくれる?」 「白冰様、······いいの?」 「その代わり、白笶のことを頼んだよ? この子は君のためならどんな無茶もしそうだから、」 「もちろん! 任せてっ」  ふふっと白冰は大扇で口元を隠し、揶揄(からか)うようにそんなことを言った。白笶はそれに対していつもの如く表情を一切変えずに、ただこちらをじっと見ている。 「俺は······、」 「竜虎?」  無明は俯いたままの竜虎に視線を向ける。暗い顔をしている義兄は、ひと言口を開いたきり、また言葉を閉ざしてしまった。

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