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4-18 お世話になりました

 黒い広袖の羽織に腕を通し、金の糸の刺繍が入った黒い帯の上に飾られた、臙脂色の長綬(ちょうじゅ)と左右に垂れている短綬(たんじゅ)を整える。  羽織の中の上衣は赤く、黒い羽織によく映える。左右の袖の下に、銀の糸の刺繍で描かれた二匹の胡蝶と、山吹の花枝の模様も美しい。  清婉(せいえん)はその上等な衣裳を纏った無明(むみょう)に、感動していた。 「無明様、良く似合ってますよ!」 「ありがとう、俺もすごく気に入ったよ」  いつもの赤い髪紐をしっかり結って、背中に垂れた黒髪を梳きながら、清婉はうんうんと頷いた。本当にお世辞など抜きで良く似合っていて、寸法もぴったりだった。 「麗寧(れいねい)夫人は、お前を相当気に入ったみたいだな」 「俺もお礼をしたかったんだけど、たくさんもらったからいいって言われた。俺、一緒に遊んでただけで、なんにもあげてないんだけどなぁ」  ふふっと清婉は本当に解っていない無明に、そういう意味じゃないと思いますよ、と遠回しに教えてやる。一足先に準備を終えていた竜虎(りゅうこ)は、やれやれと肩を竦める。  竜虎は金虎(きんこ)の一族が纏う、袖と裾に朱と金の糸で描かれた何かの陣のような複雑な紋様が入った白い衣を羽織っている。  上衣も下裳も白。帯は上下の縁が金色で、長綬と短綬は黒だった。  長い前髪は真ん中で分けられており、他の髪の毛は頭の上でしっかり結って、銀の髪留めで纏めていた。 「はい、これでふたりとも準備は完了ですね。忘れ物はありませんか?」  綺麗に片付けられた部屋の中を見回して、ここで過ごした日々を思い起こす。このひと月半、長いようで短い時間だった。  ここにやって来た日のことを思い出す。厳しかったが、充実していた修練も、白冰(はくひょう)との研究も、雪鈴(せつれい)雪陽(せつよう)との共闘も。これからも共に旅を続ける白笶(びゃくや)との関係も。  すべてが、大切な時間だった。 (お世話になりました)  竜虎は別邸の入口で腕を囲い、頭を下げて儀式的な挨拶をする。それを見たふたりも、同じように最後の挨拶をする。 「よし、行こう」  うん、と無明は大きく頷く。清婉も荷物を背負い、後に続く。渡り廊下を歩き、本邸の方へと向かう。  白群(びゃくぐん)の人たちには夕餉の時に一度挨拶をしたが、最後に宗主や白冰たちと広間で会うことになっていた。  広間の前に最小限の荷物を持った白笶が立っていた。一緒に中に入れば、白漣(はくれん)や白冰、麗寧夫人、雪鈴と雪陽、そして内弟子たちまでも揃っていた。  全員が宗主を真ん中にして綺麗に並び、無明たちに対して、同時に腕を前で囲い、(ゆう)する。顔を上げて、白漣は白笶に視線を向ける。 「白笶、金虎の公子殿たちをしっかりとお守りするのだ」 「はい」  白笶はその命に応じ、跪いて頭を下げた。 「必ず、この身に代えても守り抜きます」  それは大袈裟じゃないか? と他の内弟子たちは心の中で皆思っていたが、誰一人として顔にも口にも出さなかった。 「無明ちゃん、元気でね? 怪我には気を付けて、」 「うん、麗寧夫人も」  夫人は我が子を旅に出す母親のように、涙目になりながら無明の衣裳をそっと整えてやる。とても離れがたい気持ちが伝わってきて、胸の辺りがじんわりとあたたかくなる。 「清婉殿、」 「雪鈴殿、雪陽殿、昨日はありがとうございました。頂いたもの、一生大切にします」 「寂しくなる」 「そうだね、でも、またきっと会えますよね?」  泣き出しそうな笑みを浮かべて、雪鈴は清婉を見上げてくる。  もちろんです! と大きく頷いて答えた清婉を囲むように、ふたりは同時に左右から抱きついた。  厨房で一緒に働いていた内弟子たちも数人集まってきて、皆がそれぞれ別れを惜しむ。  竜虎の周りにも一緒に修練をした内弟子たちがひとりひとり挨拶を交わしていた。 「竜虎殿なら、きっとすごい術士になるよ」 「俺たちも負けてられないなっ」 「いつか一緒に妖退治ができたらいいなぁ」  毎日の修練で共に過ごした日々は、知らず知らずのうちに結束を強めていた。 「ああ。俺はもっともっと強くなる」  竜虎は仲間に誓うように、拳を握り締めて胸元に掲げ、大きく頷くのだった。

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