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6-6 家族

 十五歳の誕生日を迎えた日。朝餉の途中で母と父、姉たちの前で深く頭を下げ、決意を言葉にする。ずっと前から決めていたことで、それを曲げる気はなかった。 「母上、父上、姉上たちも。今までお世話になりました。俺は、今日、この日をもってこの邸を離れ、旅に出ます」  ぶっと父は口に含んでいた汁物を吹き出し、母は「あらあら」と口元に手を添えて目を丸くし、四人の姉たちは「ええっ!?」と驚き、大きな声を揃ってあげた。  いや、そういう反応になるだろうことは薄々予想はできていた。末っ子でたったひとりだけ男として生まれた自分を、家族全員、一族総出で、可愛がってくれたのだ。  現宗主に子はおらず、その妹の聖明(せいめい)の子供たちだけが直系の血筋を受け継いでおり、その特別な力も子供たち皆が持っていた。  その中でも前の華守(はなもり)と同等の能力を持っていた自分の力を、一族は当てにしていたはずだ。 「こ、光明(こうめい)、正気か?旅に出るって? なんでまた急に、そんなこと、」  姮娥(こうが)の一族の本邸から離れた場所にあるこの別邸は、聖明の邸で、婿養子である父は術士をすでに引退し、宗主の補佐をしている妻や姉たちを生活面で支えていた。家事全般をこなし、基本なんでもできる。この食事も父が作った物である。  邸にいることが多い父は、末の子である自分と母よりも長い時間過ごしていたため、その急な申し出に動揺していた。 「逢魔を捜します。俺に名をくれた鬼を捜して、礼を言いたいのです」 「けど、逢魔は十五年も行方知れずで、誰もその居場所を知る者はいないわ。私と姉様もずっと捜しているけど、まったく成果がないの」  あの日、黎明が亡くなり、同じ日に新しく生まれた赤子に名を残し、逢魔は消えた。  聖明は繰り返し「逢魔」や「黎明」、そして「神子」の話を聞かせてくれた。  それはもうお伽噺でも語るかのように、何度も何度も。 「それでも、捜し出して、傍にいてやりたいんです。逢魔がたとえそれを望まなくても。そう、ずっと前から決めていたんです」  それが、自分の役目だと、信じて疑わなかった。  神子が目覚めるのはもっとずっと先だろう。逢魔があの後どうしているのかも気がかりだった。黎明だった頃の記憶はずっと残ったまま、すぐにでも捜しに行きたいのに、それができないもどかしい気持ちがこの十五年間ずっとあった。  十五歳になるまでは、一族の掟で離れることが叶わなかったが、今、この時からは違う。だからすぐにでも動き出せるように、ずっと準備をしてきたのだ。だが自分が「黎明」であることや、永遠の輪廻によって記憶が残っていることを、誰かに語る事はできない。    宵藍が施した永遠の輪廻には制約があり、それをひとつでも破れば魂は輪廻どころか、もう二度と生まれ変わることができなくなる。  逆に言えば、それのどれかを破れば解放される。  呪いに似た禁呪なのだと、言っていた。 「光明がいなくなっちゃうなんて、私たちはこれから何を楽しみに生きていけばいいのっ」  大袈裟に五歳上の櫻明(おうめい)が言う。 「まあまあ。光明が決めたことだから、私たちは応援してあげましょうよ。ああ······でも、心配だわ。私たちの光明に悪い虫でも付こうものなら、その虫が蝶かどうか確かめてあげないとね」  おっとりと話しながらも怖いことを口にする七歳上の雹明(ひょうめい)は、ふっと口元を歪める。一体、何の話をしているのだろう? 「もう決めてしまっていることを私たちがどうこうできることではないわ。私も協力するわよ。逢魔兄さんには小さい頃に何度か遊んでもらったことがあるから、気になっていたし。なにか情報を得たら、知らせを飛ばすわね」  九歳上の楓明(ふうめい)は快く送り出してくれるようだ。 「ふふ。みんな可愛い弟が心配なのよ。だから、どうか無理だけはしないこと。ひとりでどうにもならない時は、大人を頼りなさい。あなたは昔からなんでもひとりでやってしまうから、」  十二歳上の陽明(ようめい)が冷静に諭すように言う。次期宗主となることが決まっている彼女は、姉たちの中でもずっと大人だった。 「光明、あなたは強いわ。それこそ、かつての華守(はなもり)だったあの子のように。けれども、まだ子供であることに変わりはない。陽明が言ったように、何かあったら必ず大人を頼ること。それが守れるなら、気が済むまでやりなさい」  十五年もの月日が経ち、聖明(せいめい)はあの頃よりもほんの少しだけ目元に皺ができていた。光明も姉たちもみんな聖明によく似ており、瞳が大きく、人に好かれる可愛らしい顔をしている。  幼い頃からほとんど表情が変わらず、口数も少なく、笑うこともなかった光明に、無償の愛を注いでくれたひとたち。  最初の転生先がここで、本当に良かったと思う。 「光明、お前は私たちの誇りであり、希望であり、光。これから先もそれは変わらないよ。だから、いつでも遠慮せずに帰っておいで」  光明の目の前に膝を付き、父の玖楼(くろう)が優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくる。それを合図にでもしたかのように、母と姉たちが同時に抱きついて来て、光明は身動きが取れなくなる。  本当に、どれだけの愛情をこのひとたちは自分にくれるのだろう。  その日、光明は姮娥(こうが)の邸を後にした。  春。  晦冥崗(かいめいこう)で宵藍と別れそのまま命を落とし、そして、違うものとして生まれた季節。  思えば、出会ったのも別れたのも春だった。  十五回目の季節が廻り、今、再び動き出す。

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