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第3話

 数年の月日が経った。もう河原が釈放されてしばらく経つ。僕は焦らず、ただし迅速に計画を進めることにした。  発情(ヒート)誘発剤は案外すぐに手に入った。当然変装して遠いところに行って買ってきたけどね。僕が売り手のことを通報しなければ、売り手も僕のことを喋らない、という暗黙の了解があるみたいだった。手に入れた誘発剤は一般的な風邪薬のような見た目で、一目見ただけでは怪しくは見えないだろう。うわあ、違法薬物が僕の手の中にある…!  そして今、僕はとある路地を、至って普通を装いながら歩いている。リサーチはとっくに済ませていた。釈放されてから彼はなんとか仕事にありついたようで、この時間は彼が帰宅する頃。そしてもうすぐ人通りのほとんどないこの道を通る。この日のために結構前にこの近くに引越した。誘発剤は飲んできたし、そろそろ体が暑くなってきた。  きた。河原の姿を目に捉えた瞬間、緊張で鼓動が激しくなる。それが発情を促進させて、フェロモンが溢れるのを感じる。理性を総動員してたった今発情したかのようにくずおれながら、それを瞬時に僕の体に纏わせて、その後一直線に河原に飛ばして絡めとった。  スローモーションのように感じた。河原がこちらを見て、目を見開いて、辺りを見回して、こっちに走ってくる。逮捕された当時よりは少しやつれているが、間違いなく河原だ。というか暇さえあればネットで拾ってきた写真を眺めていたから間違えようがない。 「大丈夫ですか!?」  発情(ラット)しているだろうにあくまで紳士的にこちらを助け起こしながら、スマホなのか抑制剤なのかズボンのポケットを探る河原を押しとどめる。 「あなたを見た瞬間、発情が起きたんです。この意味、分かるでしょう…?」  それを聞いた河原は何故か苦虫を噛み潰したような顔をして低く唸ると、僕を抱き上げた。わあ、お姫様抱っこだ。 「僕の家が近くにあるので、そこに行きましょう。それまで我慢していてください」  それは助かる。正直もう僕の家まで案内する理性は残ってない。  河原の自宅に着いた瞬間、僕は制御していたフェロモンを解放して、ついでに頭のネジも吹っ飛ばした。  そういうわけだから、どうやって河原と(つがい)になったかほとんど覚えてない。気がついたら発情が終わっていて、僕の(うなじ)には噛み跡がついていた。偽装とはいえ「運命の番」なんだから、もうちょっとこう、情緒が欲しいよね。発情誘発剤強すぎじゃない?  その後とりあえず僕らは連絡先を交換した。うわあ、河原の連絡先が僕の手の中に…あれ、このくだり前にやった?  もちろんお互いの素性も性別も明かした。僕は彼の性別年齢その他諸々は知っていたけど、初対面のふりをしなきゃいけないからね。ちなみに運命の番はあくまでαとΩの間の話で、必ずしも片方がSubならもう片方がDomであるとは限らない。ダイナミクス性が噛み合わないとプレイ欲は他で解消しなくちゃいけないとか少し面倒なことになる。だから僕がDomだと言うと河原は安堵と緊張の混じった顔になった。まあDomにも色々いるからね。ごめんね、僕危ないタイプのDomなんだよね。 「生活に困ってるなら僕が君を養おう。…そういうわけで、君を飼うけどいいよね?」  そう僕が悪そうな顔で言った時の彼の顔は忘れられない。だけど出来れば写真に撮りたかったなあ~!絶望に叩き落とされるこの顔がずっと見たかったんだよ!αSubの、っていうか河原の!  とはいえ河原は意外にもあっさりOKを出してくれた。なんでも顔が割れてるからプレイバーは軒並み門前払いされるんだって。僕くらいしかプレイしてくれるDomがいないらしい。よく見たら確かに隈もある。可哀想だけど正直都合はいいし、本当に仕方なく渋々といった感じの河原の表情に興奮する。  このままプレイといきたかったが、残念なことにここは河原の家で道具(グッズ)がない。有無を言わさず河原の家は引き払わせて、僕の家に拉致…じゃなくて監禁…でもなくて、引き取って養うことにした。ついでに別姓だけど籍も入れたし、Claimもした。念入りに囲い込まないとね!

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