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第5話

昔々、あるところに、砂漠の王様がおりました。王様は、国の村という村から美少女美少年を徴用してきてはこれを侍らせて愛でるのですが、しかし、三日と経たずに飽いては、その者たちを信頼できずに処刑してしまう、大変暴虐な王様なのでした。さて、今宵の王様の夜伽の相手は、例の褐色の肌に銀の髪をした、しなやかな手足の、賢く、お話の上手な少年です。この少年は、巧みな物語の語り手で、そのために、、その前の日も、王様に処刑されずに済んだのでした。夜伽も終わり王様は、今夜も寝物語をするよう、少年に命じました。少年は王様に申し上げました。「承知いたしました。王様がそのように望まれるのであれば。王様の願いをかなえるのは五度目となります。」「うむ、もうそんなにも時が経ったのか。」と王様は仰られました。「そなたの物語が尽きるとき、そなたの命はないものと思うがいい。さあ、語れ。」こうしてわたくし、月が見ているその下で、今夜も不思議の物語の幕が開いたのです。 昔々、まだ魔法が生き生きとこの地に根付いていた頃のお話です。あるところに、強欲な商人がおりました。その商人は、自分の富のためならば、他人の幸せなどどれだけ踏み躙ろうが構わないと思っていませんでした。彼は、ある時不思議な魔術の噂を耳にして、すっかりその虜となってしまいました。月が満ちる頃、一角獣がやってくる草原に咲く花から取れる蜜を飲んだ者は、不老不死となり、しかも黄金の涙を流すように生まれ変わるというのです。涙を流すだけで黄金が手に入るのですから、商人はその噂に夢中になりました。そうして、一人の孤児の少女を草原に遣わせて、花の蜜を飲んでくるよう命じました。少女は美しく、商人は、ことが終われば少女の処女を奪ってやろうと思っていました。それほどに強欲な商人だったのです。少女には、恋人がいました。彼は、奴隷の身分からいつか抜け出して、同じ境遇の少女を救いたいと願っていました。ですから、少女に「蜜を飲んではいけないよ。口を拭う振りをしてハンカチに含ませて、隙を見つけて蜜をあの商人に飲ませるんだ。」と、入れ知恵をしました。少女は、閨の中で純潔を奪われる直前に、お飲み物をお持ちしますと言って、商人に蜜の入った眠り薬を飲ませました。そうしてそれを飲んでしまった商人は、閨に潜んでいた奴隷の青年に拘束されてしまったのでした。 次の日、奴隷の青年は、商人の引き締まった体に鞭を万遍なくくれてやりました。そうです、この商人は未だ鞭の痛みなど知らなかったので、沢山の黄金を目から流してしまいました。青年は、その黄金で自分と少女の身代金を払い、奴隷の身分から自ら達を買い上げました。こうして、あべこべに商人は皆から商品と見做されて、三人の旅は始まったのです。少女と青年は優しい性格をしていましたので、貧しい人を見るたび、商人を容赦なく鞭打って、黄金を流させて与えました。強情な商人が鞭だけでは涙を流さなくなると、今度は、爪を剥いで黄金を流させました。こうして商人は惨めに、青年と少女は楽しく暮らしたのですが、不死になってしまった商人にとって、まだこの主人達は優しい方でした。青年と少女が歳をとり、家族や世話した人の皆に慕われ泣かれながら亡くなった後、商人は、いえ、奴隷は、珍しい品として売りに出されました。買ったのは、これもまた強欲な商人でした。奴隷は言いました。「貴様も金儲けのためならばなんでもするような、俺さまと同じ人間だと言うのに、なぜ俺さまだけがこんな目に遭わなければいけないのだ!」商人は答えました。「ある則(のり)を超えた時、人は裁かれるものなんだよ。まだわたしは、そこまで悪魔に魂を売り渡しちゃいないからね。」 そうして永い永い時間が過ぎました。最初の頃は、悪態をつきながら拷問者ををねめつけていた奴隷も、ありとあらゆる拷問を受け、今はただただ泣き叫んで慈悲を乞うているばかりです。奴隷の体は、どんな拷問を受けても、嘘のように回復してしまうのです。皮を剥がれようが、四肢を捥がれようが、月の光を浴びるとたちどころに治ってしまいます。ですから奴隷は、様々な拷問を受けました。中でも凄絶を極めたのは、商人が見せ物として思いついた獣姦ショーでした。「さあさお立ち会い。こいつは面白い見せ物ですぜ!百年前、強欲のあまり不死になった男が、黄金の涙を流します。」口上を述べる商人の足元には、奴隷が手枷を嵌められて跪いています。テントの中は満員で、大人や子供たちが菓子を食べながら奴隷を眺めていました。「強欲な男の成れの果て。みなさんも、強欲になってはいけませんぜ、この男のようになりたくなければ。」そうです。今や奴隷は、みんなの反面教師で、奴隷が酷い目に遭えば逢うほど、みんなは自分の戒めとなるため喜んで見せものを見るのでした。「わたしはこの奴隷ほど強欲ではありませんからね。今から流れる黄金は、皆孤児院へ寄付します。」いいぞ、太っ腹、と、商人にやんやと喝采が流れてきます。商人は、こうして称賛されたいと言う欲をも、ひっそり満たすのでした。 「今日は何が出てくるんだ」「馬や虎は見飽きたぞ」と、群衆は叫びます。彼らも彼らで、則を越えない程度に、怖い物見たさの欲を満たしているのです。「今日は豚、それも、何匹雌豚を当てがっても壊しちまう絶倫の豚でござい。」「ヒッ・・・!いやだ、来るなっ!」奴隷の叫びもむなしく、豚はのっそりと近づいて来て、奴隷の尻穴に塗られた雌豚のフェロモンを嗅ぐなり、いきなりいきりたって奴隷に覆いかぶさりました。「-----ピギィッ!!!」まるで豚のような叫び声を上げて必死で身を捩る奴隷横で、たくさんの顔が笑っています。誰も奴隷を可哀想には思えず、ただの休日の暇つぶしと思っているのです。雄豚のドリルのような逸物が奴隷の体から抜き差しされるたび、彼らは陽気に笑いました。観客たちがすっかり満足し、奴隷が痛みに耐え切れず失神した頃、商人は最後の句を継ぎました。「強欲は身を滅ぼします。ああ、神の名をもて欲を捨てん。…ああ、皆さん、満足されましたか。では、これにて今日の見せ物は終わりとしましょう。」観客たちはぞろぞろとテントを出て行き、後には咽び泣く奴隷だけが残されました。奴隷は知っているのです。今日も明日も、こんな残酷な日々が続くことを。 少年はそこまで語ると口を閉じ、例の、美しい蒼の瞳で恭しく王様を見ました。少年の澄み切った声が語る、残酷で淫靡な物語の余韻に浸っていた王様は、しばしの沈黙の後言われました。「なるほどのう。強欲は、確かに身を滅ぼすのであろう。」「左様にございましょう。」少年は白い睫毛を伏せて、静かな声で相槌を打ちました。「余もいつしか、色欲によっては、身を滅ぼすのかも知れぬ。」と、王様は言われましたがしかし、その白皙のかんばせには、後悔の表情は見えませんでした。「だがそうなったとて、余にはそれしか、信じられるものなどない。所詮、王とは吊るされた剣の下の存在。ならば、享楽を生きるまで。」そうして王様は、今夜も少年に命じられました。「明日の夜もまた、夜伽に参るがいい。そして、余のこの世の慰みに、不思議な話を聞かせるのだ、よいな。」「承知致しました。」少年は、王様のお休みの邪魔にならぬよう、いつも通り早々に下がるのでしたが、ちらと、王様に勘付かれぬ程度の憐れみの表情が、彼の顔に一瞬だけ浮かびました。さて、少年は、明日の夜はいったいどのような話をするのでしょうか。王様が恐らくそうであるように、わたくしもまた、いよいよ明日の夜が待ち遠しいような、眠りに着いたのでございます。

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