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第6話
昔々、あるところに、砂漠の国の王様がおりました。王様は、国の村という村から美少女美少年を徴用してきてはこれを侍らせて愛でるのですが、しかし、三日と経たずに飽いては、その者たちを信頼できずに処刑してしまう、大変暴虐な王様なのでした。
さて、今宵の王様の夜伽の相手は、例の褐色の肌に銀の髪をした、しなやかな手足の、賢く、お話の上手な少年です。この少年は、巧みな物語の語り手で、そのために、その前の日も、王様に処刑されずに済んだのでした。
夜伽も終わり王様は、今夜も寝物語をするよう、少年に命じました。
少年は王様に申し上げました。
「承知いたしました。王様がそのように望まれるのであれば。王様の願いをかなえるのは六度目となります。」
「うむ、もうそんなにも時が経ったのか。」と王様は仰られました。
「そなたの物語が尽きるとき、そなたの命はないものと知れ。さあ、語るがいい。」
こうしてわたくし、月が見ているその下で、今夜も不思議の物語の幕が開いたのです。
昔々、まだ人ならざる賢者たちが闊歩していた頃のお話です。あるところに、幸福な王子がおりました。王子は、名前をアレキスといいました。
アレキスは、半獣の賢者、ケンタウロスの中でも最高の賢者と名高いカイローンというケンタウロスに師事することができました。幼いアレキスにとっては、ケンタウロスの国で見聞きするもの全てが美しく立派なものであり、自分の基礎となるものでした。
そうです。ケンタウロスの国は、人間の国より心美しいものが多く、叡智に輝きながらも純朴な国だったのです。王子は、カイローンから武術や戦術のほか、医学や、政治を習いました。アレキスは、王様となるのにぴったりな、いえ、王様になるには多少繊細すぎるくらいな、思慮深い、心優しい、物知りな性格に育ちました。18歳になり、アレキスはカイローンの元を辞し、自分の国へと帰って行きました。カイローンは、弟子の成長に満足していました。あの日が来るまでは。
「どうです、師匠。あなたの授けてくれた策を、私なりに改良してみたのですよ。ケンタウロスは、もう半分ほどしにましたねえ。」
ケンタウロスの国に攻め込んできたアレキス王子は、唇を皮肉に曲げて、対峙するかつての師にそう言い放ちました。
「アレキス…なぜこのようなことを…」
ケンタウロスの賢者は、あまりのことに呆然としながら、侵入者を見ていました。
「あなたが悪いのですよ、師匠。あなた方ケンタウロスは傲慢にも、人の子ごときに策を授けたとて、半神半獣のあなた方には敵うはずもないとばかりに、親切にも策を授けてくれた。」
「それは違う。」とカイローンは言い返しました。
「おまえに軍策を授けたのは、あなたが人の上に立つべき人だからだ。いざというとき、人々を護れるよう軍策を教えた。それがなぜ、このような真似を…」
「人間とは、あなた方ほど善良ではないのだ。」王子は言いました。
「国に帰った私を待っていたのは、でき過ぎた私に王位を奪われるのではないかという、父上や兄上たちの恐れと妬みだった。カイローン、あなたの言った世界など、私の前には無かった。助け合い、慈しみ合うことのできる世界など、決して。」
「私は、父上を殺して、その領地を奪った。そうしなければ自分が暗殺されると思った。すると、兄上たちが私に戦を仕掛けてきたから、あなたの授けた策で退けた。そこから、私に引き下がることなどできなくなった。七つの海の様々な国々が、大きくなり過ぎた私の国を狙った。私は死にたくなかった。捕まり処刑されるなど御免だった。勝って、蹂躙して、奪って、最後に残ったのがこの国だ。私は、もう、この道しか進めはしない。」
「カイローン、あなたは傲慢にも人間を甘く見ていた。その結果が、これだ。恨むなら、人間如きに自慢するように兵法を教えた、自分を恨むんだな。」
そして、王子はケンタウロスの国を支配しました。ケンタウロスたちは理性を持っているにも関わらず家畜とされ、カイローンも、鞭と口枷を使われて王子の乗る馬となりました。
長い月日が経ち、王子が王となり、その善政も地に響き渡り、平和が訪れました。しかし、獣人やケンタウロスの犠牲あっての平和ではありました。
ある日、アレキス王は、カイローンを乗りこなして、一人と一柱だけで遠乗りに行きました。そこは、二人が修行した小屋があった草原でした。
「嘘なんだ。」と王は言い、カイローンの背中を優しく撫ぜます。
口枷を取りながら、王はまた話しかけました。
「本当は、この景色を共に見たかった。人間の世界はあまりに醜くて、私は、ここに帰ってきたかっただけだったんだ。だが、ケンタウロスの国には、国を出た人間は二度と戻れない。だから、私のものにしたかったんだ。それだけだったんだ。」
しかし、カイローンは何も語りません。
長い年月が、彼と王を隔ててしまったのです…
もはや傲慢な王は、敬愛する者と心を交わすことら叶わず、二度と、憧れていた景色には帰れないのでした。
少年はそこまで語ると口を閉じ、例の、美しい蒼の瞳で恭しく王様を見ました。
王様は、その瞳の美しさを堪能した後の、しばしの沈黙の後言われました。
「なるほどのう。果たして、誰が傲慢だと言えたのか。」
「私にもわかりませぬ。」少年は白い睫毛を伏せて、静かな声で相槌を打ちました。
「今日の話は、少し珍しい話であった。」と、王様は言われました。
「まだまだそなたの話は面白い。」そうして王様は、今夜も少年に命じられました。
「明日の夜もまた、夜伽に参るがいい。そして、余のこの世の慰みに、不思議な話を聞かせるのだ、よいな。」
「承知致しました。」
少年は、王様のお休みの邪魔にならぬよう、いつも通り早々に下がるのでしたが、ちらと、王様に勘付かれぬ程度の何か複雑な表情が、彼の顔に一瞬だけ浮かびました。
さて、少年は、明日の夜はいったいどのような話をするのでしょうか。そして、あの少年の表情は、何を意味しているのでしょうか。王様が恐らくそうであるように、わたくしもまた、いよいよ明日の夜が待ち遠しいような、眠りに着いたのでございます。
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