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第2話
今日はバレンタインだ。
日頃の感謝と愛と欲求不満をぶつけて、宮本をチョコ責めしたいと思う。
チョコ責めとは何かというに、安全な蠟燭くらいの温度に熱したチョコで、体の敏感な部分を覆うことだ。蝋燭と違って、俺が後で垂らしたチョコを味わうこともできるのがいいところである。
まずは、風呂に入れて洗浄と剃毛からだ。
宮本のでっかい胸筋に手をまとわりつかせると、何かを感じるのか、
「んんっ、」と鼻にかかった声を出す。日頃の調教の甲斐あって、宮本の胸筋はちょうど愛撫くらいの圧力に敏感な「雄っぱい」へと変わりつつある。俺のプログラミングは仕事としてのPC上だけでなく、趣味としてのここでも狂いなく機能する。
次に、下半身を中心とした前身の剃毛。これをやっておかないと後が悲惨だ。宮本のよがり声を楽しみながらあそこを咥えてやるのは、その後に待つ行為の前戯として楽しいが、口に毛が入るのは俺は死ぬほど嫌いだ。不潔でもあるので、毛は剃刀によって、なべて撲滅する。
追加機能として陰茎や脇下、下腹部、ひげの生えてくるうなじなどの生物的な弱点に剃刀を当てられて宮本が青ざめるのも、剃毛した後、毛が生えてくる際には宮本がかゆみを感じると訴えてくることも、結局こいつは恐怖や苦痛・不快感交じりの快感が好物なのだと知っている俺からすれば愉快である。
さて、剃毛を終え、いつものベッドへ宮本を拘束する。
肝心の部分に毛の生えていない宮本が自由を奪われて目隠しをされ、さらに猿轡によって発言の自由さえ奪われている様は、哀れとしか言いようがない。その力強く男らしい肉体は、筋肉がぴんと張りつめているが、しかしながら少しもこれからされる加虐に抵抗できないのだから。一ミリも動けなくされた標本の蝶のような宮本のありさまは、背徳的ですらあってゾクゾクする。
「宮本ぉ、どうする?お前、動けないよ?このままじゃ何されても抵抗できないねぇ」と言葉責めすると、宮本は何を想像したのか、ンンと呻き、身じろぎをした。
まずは、すっかり敏感になってしまった両の胸の芽に、チョコレートを落とす。宮本は、両手を上にされた格好のまま、ピンで刺された標本の蝶みたいにもがいた。
「だめだぞ、ちゃんと胸を張って。そう、そうやって。熱いだろうけど、我慢しような?」
あやすようにいたぶるように声を掛けながら、容赦なく熱いチョコレートで責める。俺は、少年時代の蝶の採集をしていたころのあの無邪気で残酷な満足感を思い出している。
「ん、ウッ!」
宮本は、腰が引けたようになりながらも、健気に俺の命令の通りに胸を張り、不動の姿勢を取っている。こういう犬じみた忠誠心が、俺の支配欲をくすぐってくる。
「…よくできました。…次は脇だ。」
脇の下とへその下辺りにも俺はチョコレートを垂らす。
宮本の引き締まった下腹は、チョコレートと皮膚越しに筋肉が隆起し、その隆起に合わせてチョコレートも谷と山を作る。
「最低だな、宮本。こんなことされて喜んでるやつが、日頃誰かに花を贈ろうとか、花を飾ろうとしてる人と笑顔で話をしてるなんて。」
言わないで、と言うように、宮本が唯一動かせる首を振る。
宮本は花が好きだ。異常に多くの花言葉とか、花にまつわる伝説を知っている。そんな知性をさえ持っている肉体が、俺の下でただ震え、快楽と羞恥に支配されそうになってあがいているという事実に、唇がゆがんだ曲がり方をするのが自分でもわかる。
花が大好きで、その体躯にもったいない花屋と言う仕事を選んでいる宮本のことだから、さすがにこの責め方は嫌なのかな、と思ったが、下半身を見たら元気に立ち上がっていたので、俺は責めの手を緩めないことにする。
「はぁ?何嫌がってんだよ、変態マゾ野郎。嫌がるなら、二度としてやらねぇぞ?…今から口枷を取ってやるから、俺に敗北服従宣言しろ。いいか、丁寧な言葉で、宮本が俺のものだから、好きにしていい、それを喜びますって。変態プレイで負けちゃいました、って言うんだ。ちゃんとやるんだぞ。」
宮本が何に負けてるのかは知らないが、多分何かに負けていることにしておく。さすがに仕事への使命感が欲に負けちゃいました、などと言わせると俺の良心が痛むから、それは言わせない。
猿轡を取るときに、唾が糸を引いた。これは、口が塞がらないくらいにつらいという意味でもある。しかし、苦痛を快楽に変えてしまう不可思議な宮本の脳みそが、快感に耐えかねて理性を飛ばしかけているというサインでもある。
「あ…おれ、は、」宮本が、かすれた声で言葉を紡ぐ。この瞬間が、多分一番好きだ。宮本の口から、敗北が流れ出る瞬間。陰りのない宮本のバカみたいに明るい自我が、湿った情念で熱をもっている、その瞬間だ。
「ご主人様の…変態プレイに…負けちゃいました。…♥…負けちゃったので、好きにされても何の文句も言いません…、むしろ、…非道いことされて、…喜んでしまいます…♥いっぱい、いやらしくて非道いこと、してください…♥」
思わず「よくできました」と宮本の頭を撫でてしまう。甘く淀んだ声に、脳天が突かれたようにくらくらした。
上出来だ。上出来だよ、宮本。言葉をうまくアドリブでつないで、見事にこちらのサド心を煽ってくる。お前はMの天才か?
心の中で早口でテンションの高い独り言を言いつつ、俺は、慎重に下半身へチョコレートを垂らす。
流石に痛いとか熱いと感じるのか、宮本の目隠しにしていた布が湿り始めた。
しかし、宮本の口はだらしなくあけられて、
「ああっ、」とか「んう、」とか、明らかに苦痛以外のものも感じている声を放つ。
そのうちに、肉体のほうが音を上げて、宮本は気を失ってしまった。さすがにやりすぎたか、と俺は思い、宮本の拘束を解いてやる。
汗をかいた宮本の腹筋の辺りのチョコレートを舐めてみる。
しょっぱい。少ししょっぱくて、甘じょっぱい。
こうなることを予測して、事前半日ほどは天然塩を摂らせておいて、良かった。塩チョコの味に、俺は満足する。
流石にチョコレートばかりだとアレなので、紅茶でも淹れておこうと台所へ向かうと、そこのテーブルの上に、置手紙とチョコレートの包み紙があった。
「ヒロへ」と書かれたやや武骨な文字の横に、かわいらしくデコレーションされたハート形のチョコレートが置いてある。
今年も手作りなのだろう。宮本は、凝った料理も得意だ。
「目覚めたら胎の中に俺のホワイトチョコレートをやろう。」と独り言(ご)ちながら、包みを開け、チョコレートの匂いを嗅ぐ。洋酒が入っているそれは、鼻先で馥郁たる香りを放った。
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