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第2話
集合住宅の中に、一軒の家がある。
そこのリビングで、武流は一人眠っていた。
夢の中で、武流は弟を殴っていた。馬乗りになり、心が荒ぶるまま、弟の光流を殴る。夢の中の光流は、無表情だった。
「すかした顔しやがって。ムカつくんだよ。」
武流は、自分の声で目を覚ました。夢の中の台詞が、そのままに口から出ていたようだった。
目を覚ました武流は、溜息を吐いた。彼の両の腕は、存在しない。足も、右側は太ももの付け根から、左側は膝下から、すっぱりと切れてなくなっている。
戯れに断たれた四肢を動かしてみるが、何を出来るわけでもない。
この男が四肢を失った原因は、バイク事故だった。彼は、無茶な運転をして事故に遭い、辛うじて命は取り留めたものの、このように不自由な身体になってしまった。自業自得である。
「ただいま、兄さん」と言って入ってきたのは、一見大人しそうな雰囲気の青年である。茶色みた猫っ毛が、今日は少し跳ねている。その顔は、先程まで武流が夢の中で殴っていた顔だ。
「光流…」武流はそう呟き、身を捩って、自分が光流と呼んだ青年から距離を置こうとする。
今日はそれが成功して、武流は光流が来ない方に避けることが出来た。
「何が不満なの」と光流は武流に訊く。
「日中は、出来るだけ自由にさせてあげてる。服やクッションだって用意してるのに。」
「お前が気に入らない」と武流は光流を睨みつけるが、光流は嘲るような表情で受け流す。
「よく言える、そんなこと。母さん父さんにも見限られて、僕にしか頼れないくせに。」せせら笑う光流は、武流の頬を自分の足先で小突いた。武流はその足先に噛みつきそうな様子さえ見せて、しかし、悔しそうに黙っていた。実際、その通りなのだ。
「昔から、一身に両親の期待を受けてきた僕の気持ちが、わかるか、兄さんには。わからないだろうね。」
光流が暗い目で自分の兄を眺める。兄である武流は、やばいことになったと思いながらも、売り言葉に買い言葉で反論してしまう。
「今ですら、役立たずになった俺を引き取っていい子ちゃん面したいわけか。」
光流は言葉ではなく、平手打ちで応えた。
「そうだよ、僕は兄さんと違って自分で道を切り開くなんて出来ないからね。誰かの期待を裏切らないようにしか生きられない。弱いよ、僕は。」
光流は再び言葉を続ける。
「でもね、兄さんを飼ってるのはそれだけじゃない。僕は、自由気ままな兄さんが羨ましくて、兄さんを閉じ込めてやったらどんな顔するのか、ずっと知りたかった。だから、兄さんを飼ってやってるんだよ。」
「…お前の性格は歪んでんだよ。」
武流はそう吐き捨て、それを聞いて光流は圧のある微笑み方をした。
「そうだよ。だから、今日も兄さんで遊ぶんだ。」
「今日は機嫌がいいからね、優しくしてあげる」と、光流が言う。
「どうせ変なことさせる気なんだろ。」と、武流は顔を顰めた。
「俺を女みたいに扱って、何が楽しいんだ?本当に気味が悪りぃ。」
「楽しいよ。」と、光流は言う。
「女の子にできないようなことができるからね。」
僕は多分サディストなんだ、と光流は苦く笑った。
「お前はやっぱ変態だよ。半分だけでも血が繋がってるなんて思いたくもねぇ。」
「僕だって兄さんと血が繋がってるとは思いたくないね。」
軽々と光流は武流を抱き上げ、ベッドへと運んだ。手足のない武流は抵抗のしようもない。
「まぁ、大人しくしてくれたらこちらも酷くしないかも」
光流は武流の顎を掴み、
「キスでもしてみる?」と言ったが、武流は光流を睨みつけ、
「してみろよ。舌噛みちぎってやる。」と吐き捨てた。
「兄さんがしおらしくなることは、ないのかな」と光流はくすぐったそうに笑い、自分の服を脱ぎ始めた。
「いつものことだけどさ、兄さんの仕事は何?」
「…」答えない武流に、光流は答えるよう促す。
「ちゃんと言って。」
「…お前はイカれてる…」
武流は溜息をついた。
「お前は、俺と一緒に事故に遭ったあの女の代わりにでもしてるんだろ、俺のこと。」
「そうかもね。」と光流は答える。
「僕は彼女に惚れてた。でも、彼女は兄さんを選んだ。しかも、彼女は死んでしまった。」
だから今日は彼女の代わりになってもらうからねと、光流は武流に言い聞かせた。
「気持ち悪りぃ奴。」
武流はそう言ったものの、今日は酷い目に遭わないことには安心していた。
「華菜さん、」と、光流は優しく武流の頭を撫でる。
「華菜さん、愛しているよ。」
武流は顔を背けたくなるのを堪えながら、光流の顔を見つめた。自分は今、可奈なのだ。適当に遊んでいた女。顔はいいが、それ以外何の取り柄もなかった。弟が想いを寄せていたなどとは知らなかったが、知ったところで気にしなったろう。今、自分はそのような人間として扱われて、抱きしめられている。武流にとっては、いっそ笑いたくなるような事実だった。
光流もどこか可笑しい感じがしていた。しかし、このようにして兄を辱めることは、興が乗った。
「華菜さんは女言葉を使って僕に甘えるんだ。だから兄さんもそうして。」
武流は一瞬戸惑うが、不穏な気配を感じ、黙って従うことにした。
「光流さん、光流さんが、好きだわ。私も愛している。」
(畜生、畜生、畜生…)内心、武流はそう思っている。それが表情に出ていたのか、武流は光流に平手打ちを喰らわされた。
「華菜さんはそんな顔をしない。」
今度しくじったらまたお仕置きだよ、と光流に言われ、武流は真剣になった。
「光流さん、私、光流さんと一つになりたいの。」光流が喜びそうな口調で、光流が喜びそうなことを言うと、光流はまたしても武流を叩いた。
「華菜さんはそんな下品なことは言わない。…もういいよ。兄さんに華菜さんを真似るなんて、そんなことができるはずもなかった。僕が馬鹿だった。」
「いつもと同じようにしよう。」
と光流は言った。
武流は、光流に犯されていた。もう何度目かわからないくたばれと言う言葉を吐いては、また殴られる。殴られる度に反抗心が煮えたぎって、暴れる力となる。しかし、そうして暴れる武流を押さえつけながら、光流は楽しそうに彼を犯した。
「兄さん、あんなに強かった兄さんが、今は僕よりも遥かに弱い。僕にはそれが嬉しいよ。」
更に光流は言う。
「いつか、兄さんは僕に落ちる。僕にこうされるのが待ち遠しくて堪らなくなる。ふふ、その時が楽しみだよ。」
「そんなこと、なるわけない。」と、武流は反論する。
「なるんだよ、今は嫌で堪らなくても、ね。」
と、光流は含み笑いをした。
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