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「きみもいい飲みっぷりじゃない」
思わず感嘆すると、碧斗があらためて書いたものを見せる。
『酔ったほうが緊張しないから』
「緊張?」
なんのことかとまじまじとメモに見入る久遠に、続けてボールペンを走らせる。碧斗の字は国語の教科書のように整っていて、几帳面な性格を感じさせた。
『セックス。酔っていたほうがやりやすい』
単刀直入な表現に久遠は苦笑した。
「緊張しているのは俺のほうだと思うけどな。こういう場所は初めてなんで」
碧斗の率直さにつられたにしても、我ながらずいぶん律儀なことを口にしたものだ。
碧斗がそれこそ子供のように目を丸くする。
『男娼を買うのは初めて?』
「うん」
しばらく久遠を見つめる。そのいたいけなまなざしが時折揺れた。何かしらの結論でも出たのか、碧斗が深々と頷く。
『だろうなって思いました』
「そう? どうして」
生真面目な小学生みたいな仕草がなんだかおかしかった。
『久遠さん、イケメンだから。優しそうだし、エレガントだし。相手に困っていない気がします。そういう人ってモテるから、男娼なんか買わないんです』
ずいぶんと買いかぶられたものだ。むしろこんなあどけない顔をしてリップサービスか。
「見当違いだな。残念ながら」
すると今気づいたかのように、久遠の左手のリングに碧斗が視線を置く。
『あなたはゲイなんですか、それともバイ?』
好奇心が旺盛なのか、それともただあけすけな性格なのか、デリケートな質問を臆さずに訊ねてくる。
「男としか付き合ったことがないから、ゲイなんだろうな」
『パートナーがいるのに男娼を買うんですか。社会勉強の一環ですか?』
「まあ、そんなところだ。…さあ、俺の自己紹介はそれくらいでいいだろう、碧斗君」
碧斗はまだ久遠の薬指の指輪に目を留めている。
前の恋人とはどうしても価値観が合わずに別れたが、まだ少しの未練があって久遠はペアリングを外せずにいたのだ。そんな自分を少しばかり情けなく感じながら。
だから実はフリーなのだが、そこまで律義に答える必要もあるまいと適当に相槌を打った久遠に、碧斗はさらさらとしたためて意外な言葉を返してきた。
『碧斗でいいです。呼び捨てにしてください。お客さんは皆さん、オレのことをそう呼ぶので』
いたって真剣な顔をして見せる。久遠はふとひらめいた。
「じゃあ、きみも俺に敬語はやめて。今から一晩、一緒に過ごすわけだろ? 堅苦しくないほうがいい」
言い訳を付け加えて微笑を送った。
生真面目そうな様子からよそよそしい印象を勝手に抱いていたが、碧斗は意外にも控えめにほほえんで首肯する。
『じゃあ、そうする』
素直に言葉遣いをラフなものに変える。こういうやりとりも実は慣れているのかもしれなかった。
「そうだ。その調子。きみもああいうことをするの?」
話題を変え、二人が座るテーブルの向こうで繰り広げられている遊びに、久遠は視線を投げかけた。半階下のホールにはビリヤード台が並べられ、客とホストがいい雰囲気で遊んでいる。その奥には同程度の広さのダーツ場も見えた。
碧斗はさほどの感情を乗せずに首肯した。ならばと久遠は続けた。
「俺たちは行かなくていいの?」
『あなたがやりたいなら』
慣れた様子で返事を書く。久遠は首をひねった。
「ビリヤードか…昔はよく遊んだな。でも、今はしたいって気分じゃない。きみはどう。遊びたかったら、それこそ付き合うけど」
碧斗が首を横に振る。
『オレはどちらでもいい。あなたさえよければ、もう二人きりになれる場所に移動するけど。個室はこのビルの上だから、エレベーターで』
双方のグラスは空になっているから、ここにいる必要もなかった。
「じゃあそうしよう」
頷くと碧斗の顔がほのかにこわばる。
身を売っているのにおかしな反応だと思った。
だがよく考えれば、不感症なのにセックスをするのは彼にとって相応の負担に違いない。しかしそうならば、こんな仕事をしなければいいのだ。だとするとやはりどこかに借金でもあって仕方なしにやっているのか。機会があれば男娼をしている理由も訊ねてみようと、久遠はまたもや下世話な興味を抱く。
エレベーターを待っている時、なんとなく間をもたせるために碧斗の腰へと腕を回した。たじろいだようにピクリと反応した肉体は、思った以上に華奢だった。
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