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 個室のベッドでもたれている久遠の股間に、碧斗が顔を埋めている。  始めてからかなりな時間が経っているが、久遠の怒張はなかなか絶頂に至らない。一物を必死に頬張る碧斗の美しい相貌は感服に値するが、肝心の性戯が良くなかった。 「疲れないか?」  男根をいっぱいに頬張ってピストンを繰り返している碧斗は、久遠の問いかけに肩を震わせて動きを止める。気まずそうに小さく頷いた。  一生懸命なのは分かる。吸引も悪くない。だが、決定的に何かが違う。  このまま続けていても疲れさせるだけだろうと判断した久遠は、静かに提案した。 「碧斗、一度、やめていい」  きまり悪そうに目を側めた碧斗が、久遠から口を外す。ゆっくりと唾液が糸を引いた。 『下手でごめん』  ベッドにまで持ち込んだ手帳にしたためる。  自覚はあるんだなと、久遠は同情を禁じ得ない。初対面でのよそよそしさと、久遠を個室に誘った後のあの触れがたいほどの緊張感は、もしかしたら己の性戯のまずさに対するこの引け目からくるものだったのかもしれなかった。 「一生懸命にやってくれたことは伝わってきたから。ありがとう」  悄然とした碧斗は申し訳なさそうに頷き、今度は手淫に切り替える。それも残念ながら巧いとは言えなかった。  性戯のまずさは不感症に関係があるのだろう。己が快感のなんたるかを知らずに他人に快感を与えるのは無理な話だ。事前に一緒に入ったシャワールームでの愛撫も、なんとも味気なく淡々としていた。  己の男根から手を外させ、久遠は碧斗の薄い身体をベッドの上へ引き倒した。 「次は、きみの体を味わわせてくれないか」  シャワー後の二人はすでに裸体だ。  碧斗の肌は見事に白く、つるんとしてシルクのように手触りが良くて、そして冷たい。きめが細かく染み一つないそれは文句のつけようがなく美しいが、不器用な性戯と同じになんとも官能に乏しい。これもまた不感症と関係があるのかもしれない。  薄い茂みの股間へと顔を近づけて陰茎を口に含もうとする久遠の肩を、碧斗が制した。首を振って手帳に手を伸ばし、またメモをとる。 『オレは不感症で、たたないから』 「知ってる。受付で聞いた」  受付で自分がそのように紹介されているのは承知ならしく、そうだろう、という頷きで碧斗が反応する。 「不感症なのに、どうして売り専なんかをしている?」  さっきから気になっていた質問をすると、考える様子を見せた後で碧斗が書き綴る。 『セックスが好きだからだと思う』  にわかには信じられずに久遠は訝しく眉根を寄せた。 「不感症なのにセックスが好きなのか。変わっているな」 『オレはマゾだから』  なんともあっけらかんとした答えが来た。  なるほど、と、鼻白んだ久遠はようやく納得がいく。不感症で安く売られながらも、男娼をしている理由は、これか。 『だから好きなように使っていい』  片手で紙面を掲げ、ペンの後ろを尻の後ろに持っていって、「こ・こ・を」と口を動かしながら指し示す。  色気もへったくれもない説明に呆れ半分となった久遠は、もうそれ以上問い詰めるのをやめにした。確かにマゾならばこんな体質をしながらでも男娼業をしたくなるのだろう。ならばどうぞお好きに、だ。 「じゃあ、お望み通り使わせてもらおうかな」  半ばやけくそな気分になって苦笑しながら、碧斗の肩をシーツに縫いとめた。  足首を持って脚を折ると使い込まれた陰門が露わになる。芍薬のようだった。鮮やかなピンクの襞が、淫らな碧斗の性生活をこちらに伝えてくる。感じようがいまいが多くの男達に姦通され、使い込まれていて、今も久遠に向かって物欲しげに開いたり窄んだりしている。 「この動き、俺を誘ってるの? それともからかってるの?」  久遠の嘲笑に碧斗は一瞬傷ついたような顔をし、幼げな子供のような目線でじっと見つめ返してきた。しかし彼の無垢な眸はまずいことに、男の嗜虐心をそそった。損な顔をしていると思った。やはり少し可哀想だった。  ベッドの宮棚にそれと分かる形でジェルが置いてあるので、手に取り、窄みを馴らした。  腔内の性感部に指がかすれると、碧斗は少しだけ腰を撥ねさせて反応するが、快いというよりは単にくすぐったそうで、前の一物はわずかも(きざ)さない。本当に不感症なのだ。  なんとなく気分が萎えてきた。  まったく感じない身体を抱くのはたとえ金を払ったとはいえ、やはり気が咎める。この男娼を買ったことを後悔した。複重苦の男娼を興味本位に抱こうだなどと、食指を動かしたのが軽率だったのだ。  感じない後孔をいじるのも気が引けたが、碧斗のためを思って準備した。  その後で四つ這いになって見せた儚げな背中は、それこそ絵画のように美しかったが、感じない肌をまさぐられても不快に違いないと思って愛撫しなかった。  コンドームを装着した怒張を陰門に押し付ける。差し入れると碧斗の背中からどっと脂汗が噴き出てきた。これほどほぐしてもつらいのは感じない身体だからか。こういう相手と経験がないので分からない。  行為の継続をためらっていると、震える手つきで碧斗がペンを走らせる。 『気にしないでいい。思いきりやって』  ならばと抽送を始めれば、碧斗の身体が苦しげに弾む。せめて早く終えようとしてピストンを速めれば、碧斗の身体は汗を噴き出して冷たくなり、気の毒に感じて行為を緩めれば、こちらが絶頂に至らない。いかんともしがたいジレンマだった。  苦しむ表情を見せまいとしたのか、碧斗がクッションに顔を埋める。それでも喉を突く「はっ、はっ、」という尖った吐息は薄暗い部屋の壁にいやというほど反響した。  射きにくい己の体質を久遠は初めて呪った。やはり今日はすぐに帰るべきだったのだ。目的である一樹はいなかったのだから。

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