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第4話
不思議に感じつつ、静かに待っているとマイルズが戻ってきた。服を見繕ってきてくれたようだが、その表情は浮かない。
「これくらいしかありません。近いうちに街で新調するしかないでしょう」
渡されたのは、なんと女性用の黒いブラウスとロングスカートだった。ギャザーの入ったスカートにはペチコートまでついてきて、穿くとひらひら動くのが容易に想像できる。メイドの制服なのだろう、エプロンまでついてくる。西洋の女性は体格が大きい人も少なくないからか、サイズは問題なさそうだ。
しかし、三十歳の男が着るには可愛すぎる。仁自身はただの作業着として受け入れられても、周囲が引いてしまいそうだ。笑いのネタになるならともかく、不快にさせるのは申し訳ない。
「鏡を持ってきましょう」
そう言って、マイルズが気を利かせて鏡を持ってきてくれた。A3判ほどの鏡に、女性もののブラウスをあてがった自分を映した瞬間、仁はその光景に息をのんだ。
「えっ」
鏡の中には見慣れた三十男はおらず、中性的な印象の若者がいた。襟足に届く長さの髪は黒く、目は茶色い。眉もまつげも黒色だが、顔のつくりが完全に白人のそれなのだ。
(まったくの別人になってたのかっ)
どうりで、ジーンと呼ばれるわけだ。怪しまれなかったのも、東洋人の平らな顔でなかったからということか。
(しかも若くて、なかなかのイケメンだ)
歳は二十くらい。気の強そうな目元の、美少年的な顔立ちだ。自分で言うのもおかしな気分になるが、本当に、美形になっている。
「とりあえず、着てみます」
この顔立ちなら、女性の衣服を着ても噴飯ものにはならないだろう。マイルズが部屋から出ていくと、さっそく袖を通した。
「案外、着心地は悪くないな」
厚手のブラウスは、肩の部分がパフスリーブになっているおかげできつくなく、胸元を強調するデザインでもないので、裾をスカートの内に入れてしまえば違和感はなさそうだ。スカートも、少々重いが裾が広いので大股歩きもできるだろう。
もう一度鏡を見ると、男性であることに変わりはないものの、それなりに様になっているメイドがいた。
「こんな感じになったんですけど……」
部屋を出てマイルズに見せると、悪くない反応をされた。
「仕事着としては十分でしょう」
「伯爵も、こんなのが屋敷をうろついて平気なんですか」
「許可は取ってあります」
あとは子供たちがおかしいと思わないかどうかが重要だろう。もし子供の世話を任せられるのならの話だが。
「マイルズさんがそう言うなら」
仕事着が無事に決まった。制服だと思えばスカートもあまり気にならない。もとより服装にこだわりはない性質だ。
翌朝、伯爵邸の使用人としての仕事が始まった。マイルズに教わりながら、上階で使われる予定の部屋の掃除をし、上階用の朝食のお茶を用意した。屋敷は三階建てで、二階と三階が主人たちの暮らす上階である。広大な屋敷はひっそり静かで、掃除をしたのも、主人が使う食事の部屋と、子供の遊び場だろう、人形や輪投げのような玩具が置いてある部屋くらいだ。
掃除をしながら感じたのは、掃除機の便利さだった。ほうきとはたきと雑巾だけでは、なかなか思うように掃除ができない。そしてもう一つ、感じたのは、この時代に沿った生活能力が自分に備わっていることだ。チート能力とでも言えばいいのか。主な光源である蝋燭の扱いも、当然のごとく各部屋に備わっている暖炉も、不便な水汲みも。見るのも初めてなはずのものが、感覚的に使い方や注意点を理解できているのだ。
「マイルズ」
玩具のある部屋の掃除を終えようとしていたとき、伯爵が入ってきた。燕尾服のように背面が長く、前はウエスト丈の黒い上着と、光沢のあるマスタード色のベスト、首元は白いクラバットで、昨日と違わず上質な空気を漂わせている。
マイルズが伯爵に身体を向けて姿勢を正した。仁も倣って伯爵のほうを向いた。
「ご主人様、アンドリュー坊ちゃまとローズお嬢様」
伯爵の足元には、二人の子供が隠れるようにして立っていた。背丈が同じで、服装の上等さも変わらない。そして坊ちゃまお嬢様と呼ばれるなら、この二人が伯爵の子ということだ。
(双子だったのか)
ふわっとした栗色の髪と、赤みがさしたあどけない頬。男児は青い目、女児は緑の目をして、長いまつげでふちどられたくりっとした目元が印象的だ。揃いの布で仕立てられた服を着て、父親の後ろに隠れている二人は二卵性双生児。似ているけれどそれぞれの美貌が備わっていて、仁は生まれて初めて、人間を天使のようだと思った。
「お父様、この人が新しいメイド?」
「そうだ」
アンドリューのほうがより仁に興味を示していて、伯爵の背後で話したそうにうずうずしている。
可愛い子供たちだ。貴族らしい服装で、一見すると気位が高そうだが、中身は好奇心が次々芽生える、可愛い盛りの子供なのだ。
「おはよう。アンドリュー、ローズ。俺はジーンだ。よろしくな」
しゃがんで子供たちに目線を近づけると、マイルズがびくりと肩を揺らしたのに気づいた。
カジュアルすぎただろうか。子供と話すときは、同じ目線で話すのがいいと、警察の講習で教わったからそうしたのだが。貴族の子供には通用しないかもしれない。
その心配は杞憂に終わる。アンドリューはオーガストの陰から出て、仁の目の前まで駆けてきた。
「おはよう。ジーン」
大人に対等な目線で話しかけられたのが初めてなのだろう、嬉しそうに笑って、今すぐにでも遊びたそうだ。
「アンドリューは今いくつなんだ?」
「五歳だよ」
(うまくいったかな)
アンドリューに対する第一印象作りは成功した。しかし、ローズのほうは慎重な性格らしく、仁の人間性を見定めようとするような、少々冷めた視線でこちらを見ている。
(性格は父親似かな)
一般的に女児のほうが精神的な発育が早いというし、ローズに懐いてもらうには時間がかかりそうだ。
「いつもこの部屋で遊んでるのか?」
「うん。見て、この輪投げ。僕、上手なんだよ」
「そうか。あとでやって見せてくれ」
まるで友達のように話しだした仁を、オーガストもマイルズも止めようとしなかった。おそらく、オーガストがいる場では、マイルズは主人の意向なしに物事を決めない。オーガストが仁の態度に問題がないと判断するなら、それが屋敷のルールになるということだろう。
「これは私のお人形」
ローズがいくつもある人形の一つを抱き、仁に見せてきた。アンドリューが楽しそうにしているから、自分も輪に入りたくなったようだ。
「きれいな人形だ。こんなに良いものは初めて見たよ」
「着替えのドレスだってあるのよ」
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