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第5話

 少々ませた口調のローズによる、人形紹介が始まった。アンドリューも言いたいことが色々あるようで、次第に双子の声が重なって何がなんだかわからなくなってきた。 「いい玩具がたくさんあるな。今すぐ遊びたいところだけど、掃除道具を片づけて、手も洗わなきゃならないから、ちょっと待っててくれ。すぐ戻る」  自分でも意外なほど、二人との初対面はうまくいった。しかし、このスタンスで本当によいのかわからない。マイルズに目くばせをすれば、部屋の外に出るよう視線で促された。 「失礼いたします」  オーガストに頭を下げて、子供たちにも軽く頭を下げたマイルズについて部屋を出た仁は、さっきの態度を注意されると確信した。執事が頭を下げるのは、主人と同格の人間。つまりあの双子も、ため口で話していい相手ではないということ。  しかし、仁のあとから部屋を出てきたオーガストの表情は不満の影を感じさせなかった。 「子供たちがあれほどすぐに懐くとは思わなかった」 「自分でも意外なんで」  人差し指で頬を掻く仁に小さく頷いたオーガストは、一歩詰めて小声で言う。 「子供たちのそばで、母親のことは話題にしないでくれ」  表情や声音に起伏が乏しいオーガストだが、子供たちのことを思いやる姿は真剣だった。 「まだ、思い出すのも辛いでしょうね」  二週間やそこらで親を亡くした傷が癒えるはずがない。そう思って言ったのだが、オーガストはどこか忌々しげに答える。 「母親は二人の世話をしなかった。あの子たちが懐いていたのはメイドやガバネスだった」  上品さは損なわないままで、言い捨てるような口調が気になった。それに、自分の妻を言い表すのには他人事のようなのもひっかかる。  愛のない政略結婚の末、双子の母親は育児放棄したのだろうか。この時代の貴族男性に子守りや子育てを望むのは無謀といっても過言ではないだろうから、オーガストが子育てに関わっていなかったのは想像に易く、また、双子の母親が育児をしなかったのは、常識的でないと判断されるものだったに違いない。  ともかく、母親のことは子供たちが何か言わない限り、知らんふりをするほかなさそうだ。 「勉強も行儀作法も今はいい。しばらくは、何も気にせず子供らしく過ごさせてやりたい」  この要望には大いに賛成だ。子供は遊びを通して衝撃的なできごとやネガティブな経験を消化、整理すると聞いたことがある。それに、五歳といえば未就学児。双子にとっては遊びが仕事であってもいいはずだ。 「了解」  そうと決まれば、遊びのネタを考えねば。屋敷の外だって終わりがなさそうなほど広い敷地があるから、できることはたくさんあるだろう。  それにしても、まだ転生の事実を受け入れきれていないのに、職探しに成功してしまった。しかもやりがいのありそうな仕事を。 「ジーン」  まっすぐ仁を見つめたオーガストは、パフスリーブに隠れた肩を掴んだ。 「頼んだぞ」  瞳を射るように鋭い眼光は、裏切りは絶対に許さないという無言の圧力に感じられる。子供への愛情だけでは説明に足りない、呪縛に近い迫力に、仁は威圧されるどころか好奇心を掻き立てられた。 (やりがいのある職場みたいだな)  伯爵が秘めている何か。夫人の早逝に、異常な使用人不足。 元刑事の血が騒ぐ。  仁は口角を上げて頷いた。  初めての子守りに追われ、あっという間にひと月が経っていた。メイド業はすこぶる順調だ。子供たちは素直で仲が良い。ローズは最初、あまり外で遊びたがらなかったが、人形を連れてピクニックに行った日を境に、外遊びにも積極的になった。アンドリューは遊びに好き嫌いはあまりなく、屋敷の中でも外でも楽しそうにしている。おかげで、子守りの経験がなかったにもかかわらず、仁は双子と楽しく過ごしている。毎日全力だ。洗濯や掃除といったメイドの仕事も、子供たちの相手をする合間にせねばならない。洗濯も掃除も手作業だから時間がかかるし、日本と同じでよく雨が降る気候では、物干しのタイミングもまた難しい。昨日はせっかく干したシーツが雨に降られて、今日は二倍の洗濯量だ。 「これは、無理だな」  シーツの山を前に、仁は大きく溜め息をついた。洗濯桶にも入りきらないとなると、何度も手洗いすることになるが、そんなことをしていては昼を過ぎてしまう。 「よし」  考えたのは、人手を増やすことだった。体力があって、水遊びを面白がりそうな人手を知っている。 「アンドリュー、ローズ、ちょっと手伝ってくれ」  今日は天気も良くて、気温もなかなか高い。水遊び、もとい、洗濯にはちょうどいい。 「なんの手伝いをするの?」  わくわくしたいい表情でアンドリューが仁の真後ろをついてくる。そのあとに、ローズもついてきた。 「洗濯だ」  貴族の子供に洗濯をさせようなんてメイドは、国中を探しても仁くらいだろう。仁の言動はもともと粗野なところがあって、執事のマイルズがときどき眉を寄せているのは知っている。洗濯の手伝いなんてさせたら、さすがに叱られそうな気もするが、背に腹は代えられない。 「お洗濯するの?」  ローズのほうが、身分による生活と役割の違いに敏感だ。階下で起こることは自分が関わるものではないという階級社会の在り方をはっきり認識している。しかし、屋敷の人手が足りていないことも理解していて、さらには仁のメイド仕事を見下したり馬鹿にしたりしない高潔さも備えているという、非常に利口な子だ。  階下は通らず、庭からまわって洗濯場まで双子を先導した。  仁が双子を連れてくるあいだに、トーマスが桶に水を張ってくれていた。トーマスは無口だが力持ちの良いヤツで、水汲みを頻繁に手伝ってくれる。仁が男だとわかっていても、メイド服のせいか腕力については頼りなく見えるようで、濡れた洗濯ものを運ぶときも、すっと現れて、何事もないように助けてくれるのだ。 「ああ。けっこう面白いんだぜ。こうして、この大きな桶に水とシーツを入れてな」  水の中にシーツを沈め、石鹸を溶かしていくと、アンドリューはやってみたそうな顔をして、ローズは洗濯の仕組みに興味が湧いたようだった。 「泡が立ってきたところに、こうして足で踏んでいくんだ」  着物の尻端折りの要領でスカートの裾をたくし上げ、素足になって桶に入り、少々大げさに膝を上げてはシーツを足の裏で揉んでいく。 「僕もやる」 「そうか。アンドリューは上着とブリーチを脱いでくれるか? 濡れると困るから」 「はーい」  アンドリューは、二〇〇〇年代でいうプールを前にした子供のように、あっさり上着と半ズボンのブリーチを脱ぎ、裸足になった。上はシャツ、下は膝丈のステテコのような下着で、生地はしっかりしているから、他人の目がない今なら十分だ。

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