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第5話

 営業からの直帰を許されていた、日本企業の駐在員である優木真名夫(ゆうき・まなぶ)は、地下鉄・新天地(シンティエンディ)駅を降りた。すぐにメッセージアプリを確かめると、端麗な容姿と、人タラシの笑顔と、小悪魔的な妖艶さを合わせ持った最愛の恋人からのメッセージがすでに届いていた。  丁寧な案内を読みながら、優木は地下鉄直結の地下道から、賑やかな淮海路(ワイハイ・ストリート)に出た。この辺りは、地元のホワイトカラーが多く利用するデパートや映画館を併設したショッピングモール、一時より数は減ったものの欧米のハイブランドの旗艦店などが並ぶ、若者たちにも人気の通りである。 「え~っと、この辺か?」  優木がキョロキョロしていると、すぐ目の前のオシャレなビルの階段を駆け下りてくる、軽やかな足音が聞こえてきた。  何事かと振り返った優木と、ビルから淮海路の歩道に羽小敏が飛び出したのは、ほとんど同時だった。 「優木さん!」  人目も気にせず優木にハグする無邪気な振りの小悪魔に、世間体を気にする平凡な日本人は目を白黒させている。 「お、おいシャオミン…みんな見てるから…」 「だから、ナニ?」  少しだけ身を離して、その人タラシの蠱惑的な笑顔で、小敏は優木のオドオドした顔を覗き込んだ。その試すような表情に、騙されているような自覚をしながらも、ついつい頬が緩みがちなお人よしの優木である。 「お店は、この上かい?」  話を逸らすように優木が訊ねると、小敏はちょっと物足りないようにふっくらと柔らかい唇を突き出したものの、すぐに気持ちを切り替えてニコリとして頷いた。 「文維も煜瑾も待ってるよ。この2階のイタリアンなんだ」  そう言って小敏は大好きな優木の手を取って、階段を上がって行く。 「いろいろ迷ったんだよ?でも、日本人ってイタリアン好きでしょ?」 「ん~、そうか?」  はしゃぐ小敏に手を引かれながら、確かに日本には本格的なイタリアンレストランはもちろん、ちょっとしたカフェや喫茶店にはパスタなどのが当然のようにメニューにあり、デリバリーのピザも人気が高いことを思えば、日本人がイタリアン好きと思われても、仕方ないかもしれない、などと優木は思い始めていた。お人好しで、羽小敏という韓流アイドルのようなキレイな恋人に骨抜きにされている優木は、いとも簡単に丸め込まれてしまうのだ。 「ここのスパゲティが、ボク大好きなんだ~」  お店のドアの前で、もう一度優木のほうを振り返り、小敏は優木だけでなく、誰もを魅了するようなチャーミングな笑顔を見せた。 「ココって…」  一瞬、お店のロゴに優木は見覚えがあったが、小敏に力強く腕を掴まれ、そのまま店内に引きずり込まれた。 「お待たせ~」  満足そうな小敏と、されるがままの優木を迎えたのは、都会的な知的でスマートな包文維と、高貴で清純なことが一目で分かるような美貌の唐煜瑾だった。

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