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六章 二節

 認めたくない。  茅萱の愛は本物だと思っていたから。茅萱だけが自分のことを愛してくれた。自分を必要としてくれた。危険を賭して寮まで会いに来てくれた。  茅萱の喜ぶ顔が大好きで、誰からも祝福されないのだとしたら全てを捨てて茅萱とどこかに逃げてしまいたいと願うほどに愛していた。茅萱だけが自分の痛みを分かってくれて、茅萱だけが悲しい気持ちを理解してくれた。  きっと茅萱には何か事情があり、一岐や茅萱に脅されてこんなことをやらされているのだとでも思わなければ斎の心は保ちそうになかった。悔しくてぼろぼろと涙が次から次へと溢れる。  泣き続けて頭がぼんやりとする。ここが何処で、ここには三睦しか居なくて、自分は全裸で、自分がこの先どうなるかなんてもうどうでも良かった。泣くだけ泣いて、気付いたらこれは全て夢で、目を覚ましたら全て夢だったということにならないだろうか。  ぬるりと斎の中に何かが入り込む感覚があった。その場所は今や茅萱にだけ許している場所で、茅萱以外に容易く侵入されることはただ斎に嫌悪感しか呼び起こさなかった。  茅萱とは全く異なる三睦の指は茅萱よりも長くて太く、柔らかくもなく骨ばっていて、ただ不快でしかないはずなのに、まるで斎の身体を知っているかのように動くその指先は中で大きく広がり斎を内側から押し上げる。 「ッあ、な、にっ、これっ……」  生暖かいほどに気持ちが良くて、内側から熱い何かがじわりと全身へ広がっていくような感覚だった。擽ったいような、ぞわぞわとする感じがした。自分では触れられないその場所へ何かが欲しくて、ただ疼く。 「開発済で手間が省けた」  三睦は喉の奥で笑い、指先を動かすだけで腰をびくつかせる斎の様子を眺めながら器用に細かく時折緩急を付けながら斎の内部を蹂躙する。  指の摩擦だけでも全身が痺れ、自分の意志とは無関係に腰が跳ね上がる。それでも気持ちよさを求めてしまう男の性であり、もっと強く、指だけでは物足りないと痙攣する足の爪先でシーツを掴みながらも脳を直接突き上げるその不思議な気持ちよさに、斎は無意識に腰を上下に揺らし始める。 「なんっ……なん、でっ……何で俺、ッ」  身体が全く自分のいうことを効かず、首から下がただ快楽を求める別人のようだった。三睦の爪が鋭く内部に食い込むと一瞬目の前に火花が散ったように見えた。 「ぁ、あっ……やだっ、やめて、ッ……!」  燻っていた熱が一気に放出され、顔にまで飛んできたその生暖かい体液に斎は茫然としている暇も無かった。直接触れられていた訳でもないのに達したその感覚は斎には初めてのことだった。  それ自体は千景や詩緒とセックスをしていた頃に何度か見たことがあった。一種の才能のようなものだと思っていた斎は自分が中だけの刺激で達してしまうとはこれまで想像すらもしておらず、とても数日前までは想像してもいなかった自分の身体が抱かれる側に変えられてしまった事実に驚きを隠せなかった。それでも初めては茅萱が良かったという思いはまだ消えることが無かった。  逃げることも出来ないこの状況下は本来なら絶望的な状況であるのにも関わらず、絶えず繰り返される脳天を突き上げられるようなその衝動は一度経験してしまえば簡単に断ち切ることが難しかった。まるで麻薬のようなただ溺れていたくなるようなその感覚は、斎が自ら恍惚の表情を浮かべていることにすら気付けないほどだった。  無意識に跳ねる腰と繰り返す痙攣に斎が疲れ始めた頃、ちくりと感じた痛みはこれまでのどれとも違うものだった。斎は何が起こったのかも分からず、ただその痛みを感じた下半身へと視線を向ける。斎に見えたのは、三睦が何かを斎の太腿へ注射している姿だった。 「なにす……やめ、……」  絶対に拒絶しなければならないことであると分かっていたのにも関わらず、射精感にも似た多幸感は治まることがなく、脳の奥の方からどろどろに溶けていきそうだった。  眠気や酩酊感にも似ていて気を抜いたら一気に持っていかれそうだった。溺れてしまえばきっと楽で、何もかもを忘れてこの幸せに浸れるのならばそれも悪くないと手放しそうになる意識を何度も繋ぎ止める。 「お前はこれから必要とされる。心も身体も満たされ――お前にとっての幸せな日々が待っているんだ」  三睦が何を言っているのか斎には理解が出来なかった。自分が何故こんなことになっているのか、その原因すらもぼんやりと霞んでいく。  ただ愛されたかった。ひとりになりたくなかった。誰からも置いて行かれたくなかっただけのはずだった。  茅萱と過ごす日々が幸せだった。あの笑顔をもう一度見たい。最後に茅萱の笑顔を見たのはいつのことだっただろうか。  脳を直接鷲掴みにされて背後へと引っ張られていくような感覚、でもそれすらも気持ちよくて、幸せだった。 「ち、が……」  こんなものは自分の望んだものではない。反論しようとした斎の意識は突然黒く重いものに押し潰され、斎はその意識を再び手放した。

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