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29.Xデー

「俺と子供を作ることについて。ぶっちゃけどう思ってるのか……聞かせてもらってもいいですか?」  リカさんは目を大きく見開いた後で、きゅっと唇を引き結んだ。明らかにポジティブじゃない反応だ。慎重に言葉を選ばないと。 「俺は子供が欲しいです。リカさんと、里のみんなと一緒に育ててみたい。きっともっと賑やかで、楽しい毎日になると思うから」 「……そうだね」  リカさんは笑顔で応えてくれた。けど、何処か無理しているような気がして。 「返事はに会ってみてからでもいいかな?」 「彼ら?」 「雨司(あまつかさ)……『妖狐の国』ので暮らす妖狐達のことだよ。彼らもまた争いを好まない(たち)であるらしくて。もしも彼らが本当に聞いた通りの善良な妖狐だったなら、私も子を授かりたいと思う」  リカさんが話してくれた内容をまとめると……。 ・リカさん(いわ)く、雨司の妖狐さん達は総じて邪悪。 ・ただ、それはもしかしたらなのかもしれない。 ・国外で暮らす『野良妖狐さん』達が善良な人達だったら、子作りを前向きに検討してみたい。  ……ってとこか。なるほど。リカさんと雨司の間には凄まじく大きな軋轢(あつれき)があるみたいだな。基本全肯定なリカさんがここまで否定しにかかるなんて、一体何があったんだろう。 「その……また急なんだけど、諸々問題がなければ彼らにも移住してもらおうと思ってるんだ」 「いっ、移住!?」 「うん。私に万一のことがあっても、里を維持出来るようにしておきたくて」  リスクヘッジってやつか。色々と考えてくれてるんだな。 「野良妖狐さん達はいつ頃いらっしゃる予定なんですか?」 「ん~、たぶん再来週くらいになるかな」 「っ! 割と直ぐなんですね。俺に何か手伝えることはありますか?」 「……ひとまず、隠れておいてもらえると助かるかな」 「えっ?」  胸の奥がひんやりと冷たくなる。俺は……その輪の中には入れないのか? 「妖狐と人間は、太古の昔からずっと争い続けていてね。それは国外で暮らす妖狐達も例外ではなくて」 「そう……なんですね」 「でも、きっと分かってもらえると思うんだ。優太は人間だけど異界の生まれで、私達が積み重ねてきた歴史とは一切関係がない。そのことをしっかりと丁寧に説明していけば、いずれはきっと」 「わっ、分かりました。ご面倒をおかけします!」 「こちらこそごめんね。嫌な思いをさせちゃって」 「気にしないでください! 俺は大丈夫ですから」  受け入れてもらえなかったらどうしよう。途方もない不安が押し寄せてくる。もしも俺が原因で破談なんて話が出てくるようなら、その時はやっぱり俺が……。  思いかけて首を左右に振る。弱気になるな。今はただリカさんを信じて、その時がきたらガムシャラに頑張ればいい。野良妖狐さん達と仲良くなれるように。 「そっ、それにしても凄いですね! どうやって野良妖狐さん達を見つけ出したんですか?」 「紹介してもらったんだ」  違和感が五臓六腑(ごぞうろっぷ)を突き抜ける。おかしいだろ? だってリカさんは。 「家出、したんですよね?」  それも150年も前に。なのにどうして弟さんと繋がってるんだ? 「実を言うとね、お婆様とは(ふみ)のやりとりを続けていたんだ」 「ってことは、つまり……お婆さんが弟さんに繋げてくれた?」 「そうなるね」 「弟さんはどうして協力を?」 「このまま引き籠っててほしいんだって。表に出て来られると何かと面倒だから」  そうか。弟さんは現王太子。リカさんに戻られると立場が危うくなるってことか。なら、の線はないか。戻られちゃ困るわけだもんな。 「弟さんも里にいらっしゃるんですか?」 「どうだろう? (かおる)は忙しいだろうから、2人を送り届けたらそのまま帰っちゃうんじゃないかな?」 「そうですか……。ん……」  何だ? 急に眠くなってきた。 「疲れたでしょ? あとは私の方で片づけておくから、優太はもうお休み」  ああ、これはたぶんリカさんの術だな。もう少し移住予定の妖狐さんのことや、弟さんのことについて聞いてみたかったけど、こうなったらもう仕方がない。 「おや、すみなさい」 「うん。おやすみ」  目を閉じて眠りの淵に向かう。赤ちゃん妖狐を胸に抱いてリカさんと笑い合う。そんな未来を夢見ながら。

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