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35.嫁、乱入
「リカさん、勝手な真似をしてすみません」
リカさんは笑った。ほっとしたように。心底嬉しそうに。
「有言実行だね」
「……えっ?」
「前に言ってくれたでしょ。『私を守る』って」
っ! 覚えててくれたんだ。目尻が熱くなる。ンな場合じゃないのに。
「これが件 の人間ですか」
薫 さんだ。試すような目で見下ろしてくる。悪意は感じない。けど、とんでもなく厳しい。たぶん失言1つでアウトだ。気を引き締めていかないと。
「リカさん、術を解いてもらえますか?」
「うん。分かった」
俺の全身が白く輝き出した。兎 の姿から人間の姿へ。服もちゃんと着てる。でも、着物じゃない。制服だ。
空色のブレザーに赤いネクタイ、そして紺色のズボン。袖を通したのは3カ月ぶり。初日以来だ。やっぱ着物よりもしっくりくるな、何てつい思ってしまう。それが何だかちょっぴり寂しいというか、複雑な思いがした。
「っ!? 何だ!? この凄まじい妖力は」
「奥方様、貴方様は半妖なのですか?」
驚き戸惑う樹月 さん。対して桂 さんは冷静で。つーか奥方様って……。むっ、むず痒 いな。
「いえ! 俺は妖力を持っているだけの普通の人間です」
「恐れながら、私は貴方のような格好の人間を見たことがないのですが」
「……信じてもらえないかもしれませんが、俺は異界からの転生者で。この服は死んだ時に着ていたものなんです」
「異界人?」
「そう。優太 はこの世界の人間に近い種族ではあるけれど、厳密に言えば別もの。血塗られた歴史とは一切関係がないんだ。そのことも難しいとは思うけど、考慮してあげてほしい」
薫さん達は何も応えなかった。やっぱそう簡単に割り切れるものじゃないんだろうな。
「人間」
「っ! はっ、はい」
声を掛けてきたのは薫さんだった。返事をしただけで喉がカラカラだ。威圧感が半端ない。
「僕はどうにも腑 に落ちない。確かにお前の妖力は凄まじいが、まるで隙だらけだ。お前は本当に戦えるのか?」
「いっ、いえ! 俺が出来るのは、精々妖力を分け与えるぐらいのもんで――」
「では、何を以 て兄上を守ると言うのだ」
「言葉とその……愛の力で」
薫さんの目が大きく見開く。それと同時にぷっと吹き出すような笑い声が。桂さんだ。まぁ、武闘派な桂さんからすればお笑いだよな。樹月さんは唇を引き結んで顔を俯 かせてる。大人な対応だ。……めげるな、俺。泣くな、俺。
「凄いでしょ? 私のお嫁さん」
「っ! リカさん」
後ろからぎゅっと抱き締めてきた。こんな公衆の面前で、それも弟さんの目の前で!! 身を捩 ってそれとなく離れようとするけど、まるで離してくれない。何か狙いでもあるのか。
「死の恐怖に屈することなく自分の信念を貫く。口で言うのは簡単だけど、誰にでも出来ることじゃない」
「なるほど。結婚の目的はこの者の保護ですか」
「違うよ。私達は恋愛結婚だ」
「ちょっ!?」
「よければ、馴れ初めから今に至るまでぜ~んぶ話そうか?」
「結構です」
食い気味に断りを入れてきた。そりゃそうだよな。兄夫婦の馴れ初めとか聞くに堪えない。一人っ子の俺でも容易に想像がつく。
「残念」
リカさんはそう言って小さく肩を落とした。さっきのはフリですよね? マジでほんと誰にも言わないでくださいよ!!!
「さて、それじゃあ優太も来てくれたことだし、休憩がてら私達の家に寄っていかない?」
「薫様、いかが致しましょう?」
「…………」
薫さんはちらりと樹月さんの方を見た後で、こくりと頷 いた。……疲れた? いや、そりゃそうだよな。ここに至るまでにも色々あったし。俺の挨拶は手短に済ませるとしよう。
「遅ればせながら、優太です。よろしくお願いします」
深く。それは深く頭を下げた。すると、直ぐに桂さんが応えてくれる。
「恐れ入ります。私の名は桂 。この者が樹月 、それから六花 様の弟君・薫 様でございます」
紹介された順に目で追っていく。
桂さんは……25歳ぐらいか。薫さんよりも少し年上に見える。背は確実に2メートルはあるな。近くで見ると、そのガチムキ具合にも圧倒される。俺なんかにも積極的に絡んできてくれて、ほんとありがたい限りだけどやっぱどうにも苦手だ。まぁ、俺は守備範囲外だとは思うけど、そのことをきちんと確かめるまではちょっと距離を置きたいかな。
樹月さんも見た目年齢は25歳ぐらい。すらりとした長身の糸目さん。背の高さは170センチ後半ってところか。全体的にスタイリッシュで桂さんとは対照的な印象。いい意味でも悪い意味でも隙がない。ちょっと寂しいけど、焦りは禁物だよな。
薫さんもすらりとしてて……あれ? あっ、足先~頭までだったら、俺の方がデカいのか。俺が172だから薫さんは170センチぐらい――。
「……何だ」
「っ!」
ヤバい。見過ぎた。俺より小っちゃいから何だって話だよな。身長マウント、ダメ絶対。
「あっ! いや! 薫さんって、ほんっっとカッコイイなぁ~と思いまして――」
「無礼者!!」
「ひっ!!?」
叱られた。樹月さんだ。凄まじい剣幕。つーか無礼って……っ!!!! しまった。そうか。そりゃそうだよな。薫さんは王族。それも次期国王様だ。そんなやんごとなき御身分の方に、『さん付け』だの、カッコイイだのと。無礼千万。叱られて当然だ。
「別にいいでしょ。優太は薫の『義弟』なんだから」
「恐れながら、薫様はまだお認めには――」
「ん~……ねえ、薫」
「はい」
「薫さん、でいいよね?」
「嫁と認めろと?」
「それはまだ難しいでしょ?」
「…………」
「だから、まずはここからかなって」
「……まったく」
薫さんは呆れ顔で溜息をついた。やっぱダメか。
「勝手にどうぞ」
「っ!」
まっ、マジか!?
「やったー!」
「お待ちください――」
「よし。樹月も、桂も『さん付け』でいこう」
「私共のことは何とお呼びいただいても構いません。ですが、薫様は――」
「樹月」
「……っ、はっ」
樹月さんが折れた。薫さんのたった一声で。やっぱり樹月さんは雨司の王族……というか薫さんを大分リスペクトしてるみたいだな。けど、樹月さんは平和主義だから今の雨司の方針には反対なわけだよな? リスペクトとアンチって共存出来るものなのかな……?
あっ! そうか。そうだよな。薫さんはただの王太子じゃない。今の雨司に反旗を翻そうとしている『革新的な王太子』。言っちゃえば、樹月さん達・平和主義な妖狐さん達の代弁者なわけだ。敬うのは当然か。あ~、何で気付かなかったんだろ。内心で苦笑しつつほっと胸を撫でおろす。
「さて、それじゃあ行こうか」
リカさんの呼びかけを受けて歩き出す。次は俺達の家でティータイム。薫さん達と打ち解ける絶好のチャンスだ。よし! 絶対ものにしてやる……!!!
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