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37.間一髪(☆)

「あぁっ!!」  穂高(ほだか)さんの分厚い唇が、俺の乳首を包み込む。そしてそのまま舌で舐め転がして、チュッと音を立てて吸い付いてきた。 「あっ……!!」  俺の全身から力が抜けていく。 「あ? ははっ! なるほど。こーやって妖力を分けるわけですね」  止めて。声にならない声で必死に訴えかけるけど、穂高さんはニタニタと嗤うばかりで。 「あン! あ゛……はっ……!!」  力任せに吸い付いてくる。痛い。胸に舌が、唾が、吐息が絡みついて気持ち悪い。 「ゆう、……っ、優太(ゆうた)!!」  リカさんに見られてる。聞かれてる。嫌だ。死にたいぐらい嫌なはずなのに。 「あんっ♡ あっ……はぁンッ……♡♡」  体は悦んでる。口からは穂高さんを煽るような甘ったるい声が漏れて。 「っは、とんだ淫乱だな」  嘲笑(あざわら)う。俺の乳首をねっとりと舐め上げながら。~~っ、違う。これは俺の意思じゃない。能力のせいなんだ。俺にはどうすることも出来ない。どうすることも……っ。 「いい顔するねぇ。寝取りがいがあるってなもんだ――っ! ぐあっ!!?」 「っ!?」  穂高さんの体が庭に転がってる。あの巨体が吹き飛ばされたのか!? 一体何が。周囲を見回すと、斜め向かいに見知らぬ妖狐さんの姿があった。  金髪碧眼。眩い金色の髪は、低い位置に結わえている。尻尾の数は5本か。顔は……ヤバ。超イケメンだ。ふっくらとした涙袋にパッチリ二重のアーモンドアイ、シャープな鼻筋……と、甘さと男らしさのバランスが絶妙で。つい目で追っちゃう((うらや)ましくて)。でも、声は絶対にかけられない。怖い。薫さんばりに近寄りがたい印象だ。 「定道(さだみち)、やっぱり君だったんだね」 「ご無沙汰しております、常盤(ときわ)様」  樹月(きづき)さんも顔と名前を偽っていた。言わずもがなこの人も(かおる)さんの側近なんだろう。 「まったく。ヤキモチと取りますよ、お(さだ)殿」  穂高さんが戻って来た。土を払いながら客間に足を踏み入れていく。俺は穂高さんから逃げるように後退。ボロボロになった制服で肌を隠した。 「……っ」  否応なしに体が震える。止まらない。フラッシュバックする。穂高さんにキスされて、胸を舐められて。 「「「六花(りっか)様!!!!」」」 「「「優太!!!!」」」  無数の足音が近付いてくる。里のみんなだ。女中猫又'sに屈強河童のみんな、それに雑貨妖怪のみんなまで。それぞれ農具やら包丁やらを手にしている。その意図は考えるまでもなくて。 「来ちゃダメだ!」  リカさんが叫んだ。それでもみんなの怒りは収まらない。 「里から出ていけ!! このキツネ共が!!」  椿(つばき)ちゃんが啖呵(たんか)を切る。でも、その言葉とは裏腹に小さな体はガタガタと震えていて。いや、椿ちゃんだけじゃない。他のみんなもだ。それだけ妖狐さん達は強い。怖いんだ。なのにあんなふうに必死になって。 「()が高い。控えろ」  定道さんはそう言いながら、手をみんなの方に向けた。あれはまさか攻撃の構え!? 「やっ、やめ――っ!!!」 「お待ちください!!!」  その時、大きな土煙を立てて何かが現れた。直径4~5メートルはありそうな巨大な何か。 「大五郎(だいごろう)……」  そう。現れたのは輪入道の大五郎さんだった。里のみんなを庇うようにして先頭に立ってくれている。 「薫様、あのお言葉は偽りだったのでしょうか」  大五郎さんが問いかける。薫さんはすっと目を伏せて静かに頷いた。 「ああ、僕の目的は雨司(あまつかさ)を滅ぼすこと。そのために兄上を捕りに来た」 「貴方様のこれまでの歩みを思えば、復讐に囚われるのも致し方のないこと。ですが――」 「知ったような口を利くな!!!」 「定道、さん……?」 「貴様にの何が分かる? 分かるわけがないだろう。貴様は嫡男で母親は正室。末弟の、それも母親が側室である私達の苦悩など……~~っ、分かって堪るか!!!」  定道さんの手から何かが放たれた。畳を下地床ごと斬り裂いていく。幅は2メートル近い。あれは『かまいたち』か。 「ニャニャッ!?」 「死ぬうぅ!!!」 「テメェら! とっとと逃げろ!!」  大五郎さんは、あのかまいたちを受け止めるつもりでいるみたいだ。~~っ、無茶だ。畳を床板ごとバッサリ斬り裂くレベルの斬撃だぞ。鋼鉄製の体でも無事で済むかどうか。そもそも顔の部分は生身なわけで。 「ぐっ!? あ゛が……っ」  不意に定道さんが苦しみ出した。胸を押さえてる。里の誰かが攻撃したのか? 「若……っ」  定道さんは薫さんを見ていた。まさか薫さんが攻撃を? 「ヒィ! 風の刃が消えんぞーい!」  ほんとだ! かまいたちは勢いを維持したまま、大五郎さん達に向かって飛んでいく。マズい! 「~~っ、大五郎!!!」  薫さんが叫んだ。それと同時に空間が歪んだ? 原理はよく分からないけど、かまいたちの軌道がズレて大五郎さんの頭上を通り過ぎていった。 「っ! 兄上」  今度は何だ。見ればリカさんが血を吐いていた。 「っ!? リカさん!!!」  俺はつんのめりながらも立ち上がってリカさんのもとへ。その間に薫さんがリカさんを仰向けにさせてくれた。 「ははっ、は……もう……『嫌い』だなんて可愛い嘘、ついちゃってさ……」 「……っ」 「リカさん!! しっかりしてください!!」 「ゆう、た……」 「定道、穂高」 「「はっ」」  定道さんと穂高さんは直ぐさまリカさんの容体を調べ始めた。俺と薫さんは邪魔にならないように、リカさんから1畳ほど離れたところに横並びで座る。 「まずは胸の血管の修復からかかるとしましょう。お定殿は――」  うわ!? 穂高さんがリードしてる。見るからに武闘派なのに、インテリでもあるのか。すっ、すげえ。流石は王太子殿下のご側近。 「それと、今晩ください」  とぼ? ……っ!!? それってエッチのことだよな!? 「おやおや? 何ですかその目は。これは貴方様の私情が招いたこと――」 「分かった。好きにしろ」 「いいの!? あっ……」  うぉっ!? 思わずツッコんじまった。きっ、気まずい。 「ご心配には及びません。我らは既に幾度となく肌を合わせておりますので」 「無駄口を叩くな。さっさと始めるぞ」  付き合ってる? いや、エッチを交渉の条件に出すぐらいだ。セフレって奴なんだろうな、きっと。 「では、始めていきます」  穂高さんと定道さんの手元に薄緑色の光が灯り始めた。並行して難解な用語が飛び交っていく。インテリ極まれりだ。 「…………」  薫さんが小さく息をついた。一安心ってところか。定道さん、穂高さんへの信頼の厚さが伺える。 「……何だ」 「っ! あっ、いや……」  ヤバい。また見過ぎた。あ、でもこれはチャンスか。今なら耳を傾けてくれるかもしれない。話してみるか。雨司のこと。正直俺なんかが、とは思うけどこんな俺だからこそ形に出来る思いもあるから。

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