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38.休戦

(かおる)様、あのお言葉は偽りだったのでしょうか?」 大五郎(だいごろう)さんが問いかける。 対する薫さんは、すっと目を伏せて静かに頷いた。 「ああ。僕の目的は雨司(あまつかさ)を滅ぼすこと。そのために兄上を捕りに来た」 「貴方様のこれまでの歩みを思えば、復讐に囚われるのも致し方のないこと。ですが――」 「知ったような口を利くな!!!」 定道(さだみち)さんが激高する。 あまりの気迫に、その場にいる誰もが言葉を失った。 「貴様に何が分かる! 恵まれた生まれの貴様などに、の苦悩など……~~っ、分かってたまるか!!!」 定道さんの手から何かが放たれた。 かまいたちだ。畳を下地床ごと斬り裂いていく。 「ニャニャッ!?」 「死ぬうぅ!!!」 「テメェら! とっとと逃げろ!!」 大五郎さんは逃げずに受け止めるつもりでいるみたいだ。 けど、いくら何でも無茶だ。 畳を床板ごと斬り裂くレベルの斬撃だぞ。 鋼鉄製の体でも無事で済むかどうか。 そもそも顔の部分は生身なんだ。無事で済むわけがない。 「ぐっ!? あ゛が……っ」 不意に定道さんが苦しみ出した。胸を押さえてる。 持病? いや、攻撃を受けたのか。 「若……っ」 定道さんの目は薫さんに向いている。 まさか薫さんが……? 「ヒィ! 風の刃が消えんぞーい!」 本当だ。かまいたちは勢いを維持したまま、大五郎さん達に向かって飛んでいく。マズい。 「~~っ、大五郎!!!」 薫さんが叫んだ。それと同時に空間が……歪んだ? かまいたちの軌道がズレて、大五郎さんの頭上を通り過ぎていった。 「っ! 兄上」 「っ!? リカさん!!!」 振り返るとリカさんが血を吐いていた。 俺はつんのめりながらも何とか立ち上がって、リカさんのもとへ。 その間に、薫さんがリカさんを仰向けにさせてくれる。 「ははっ、は……もう……『嫌い』だなんて可愛い嘘、ついちゃってさ……」 「……っ」 「リカさん!! しっかりしてください!!」 「ゆう、た……」 顔面蒼白。息も絶え絶えだ。 このまま目を閉じたら、もうずっと目を覚まさないような気がした。 「~~っ、薫さん! お願いです。リカさんを……っ、リカさんを助けてください」 ボロボロと涙が溢れ出す。 頼むから、首を縦に振ってくれ。手遅れだなんて言わないでくれ。 胸の中で必死に懇願しながら、薫さんに訴える。 すると、薫さんは小さく息を呑んだ。 困っている、というよりは驚いているような感じで。 「……定道、穂高(ほたか)」 「「はっ」」 二人は直ぐさまリカさんの容体を確認し始めた。 助けてくれるってことでいいんだよな? 「下がっていろ」 「はっ、はい」 薫さんの後に続いて、二畳ほど離れたところに座る。 そうしたら、顎の先から何かが零れた。涙だ。 手の甲で拭うけど全然足りない。Yシャツでいいか。 「……手拭いはないのか?」 「っ! あ、えと……そうみたいですね」 「ああ、でもこれ(Yシャツ)で」と言っている間に、薫さんが定道さんに目をやった。 すると、定道さんは懐から何かを取り出して、俺に差し出してくる。 白い手拭いだ。それも絹で織られた上物の。 「さっさと受け取れ」 「すっ、すみません!」 定道さんから叱られて、慌てて手に取った。 薫さんに顎で促されたので、「すみません」と一言謝っておずおずと涙を拭っていく。 いい匂いがする。甘くてちょっとスパイシーな香りだ。 これは……藤袴かな? ろくろ首の(なつめ)さんの匂袋コレクションの中に、これと同じ匂いがあった気がする。 「好きに使え。それはもうお前にくれてやる」 「あ、これ薫さんのなんですね」 流石はやんごとなきご身分のお方だ。 荷物は一切持たない。ハンカチも従者持ちなんだな。 ……って、感心してる場合か! ちゃんとお礼を言わないと! 「あっ、ありがとうございます! 気遣っていただいて」 「…………」 薫さんの表情は僅かも変化しなかった。 話は済んだと言わんばかりに、リカさんの方に目を向けていく。 照れてる? いや、呆れてるのかな? 俺はへらっと笑って気まずさを誤魔化しつつ、薫さんに倣うようにして定道さん、穂高さんに目を向ける。 「で、どうするのだ」 「……そうですね。まずは、胸の血管の修復から取り掛かるとしましょう。お定殿は――」 容体の確認が済んだみたいだ。 穂高さんがリードする形で治療の方針を決めていく。 見るからに武闘派なのに、インテリでもあるのか。 流石は王太子殿下のご側近。 「それと、今晩とぼしてください」 とぼす? ……っ!!? それってエッチのことだよな!? 「貴様……」 「おやおや? 何ですかその目は。これは貴方様の私情が招いたこと――」 「分かった。好きにしろ」 「いいの!? ……あっ」 うおぉっ!? 思わずツッコんじまった……!! げんなりする定道さんの横で、穂高さんが豪快に笑う。 「ご心配には及びません。我らは既に幾度となく肌を合わせておりますゆえ」 「無駄口を叩くな。さっさと始めるぞ」 付き合ってる? いや、エッチを交渉の条件に出すぐらいだ、セフレって奴なんだろうな。 俺には未知過ぎる世界だ。 「では、始めていきます」 穂高さんと定道さんの手元に緑色の光が灯り始めた。 並行して難解な用語が飛び交う。インテリ極まれりだ。 治療は順調なようで、リカさんの顔色はどんどん良くなっていく。 「良かった……」 「そうだな」 薫さんが乗っかって来た。 超意外。思わず面食らう。 でも、これはビッグチャンスかも。 俺なりに話してみるか。 諦めないでくださいって。 もう一度立ち上がってもらえませんかって。 正直俺なんかが、とは思う。 だけど、こんな俺だからこそ紡げる思いもあるから。

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