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39.天昇とヤキモチと

「……何をする」 「っ!? すみません!!!」  慌てて手を離した。魅惑のもふもふの正体は(かおる)さんの尻尾だったのか。おっ、俺は何ってことを……。  恐る恐る薫さんの方に目を向けてみる。薫さんは目を閉じて小さく溜息をついていた。怒ってる。いや、呆れてるのか。どのみち(わず)かながらに上がりかけてた好感度もだだ下がりだな。  つーか今の一生に一度のチャンスだったんじゃ!? あぁ゛! どうせならもっとちゃんと味わっておけば――ん? あれ? 薫さん、何か雰囲気変わった? 「~~っ、この無礼者が!!! よりにもよって若のしっ、尻尾に触れるなど――」 「あー!!!」 「「「っ!!?」」」  そうだ! 尻尾だ!! もふもふの面積が増えたんだ!!! 「ひー、ふー、みー……やー、こー……こー!? 9本!? 元は7本でしたよね!?」 「そうだねー。あと1回天昇したら天狐(てんこ)だねー」  めっちゃ棒読みだ。なんで? リカさんにとっても喜ばしいことのはずなのに。 「そろそろお(いとま)します」  一頻(ひとしき)り盛り上がったところで薫さんが切り出した。名残惜しいけど、やっぱ忙しいんだろうな。 「そのうち、また来てね」 「……は?」 「ん?」 「遊びにですって?」 「あ゛……」  お説教タイム開始。薫さんは相変わらず淡々としているけど激辛で。リカさんはみるみるうちに小さくなっていく。 「ふっ」  そんな兄弟の様子を、大五郎(だいごろう)さんが穏やかな目で見守っていた。俺、大五郎さんからめっちゃ嫌われてるけど今なら少しは話せるかも。そんな淡い期待を胸に、大五郎さんの傍まで行ってみる。 「椿(つばき)。替えの着物を持ってきてやれ」  大五郎さんは俺の姿を目にするなり指示を出した。俺が文字通りのズタボロだからだろう。ブレザー、Yシャツ、インナーはビリッビリに破られて左右に揺れてる。 「いえ! 大丈夫です」 「……そうか」 「あっ、ありがとうございます! お気遣いをいただいて」 「いや、礼を言うのは俺の方だ。お前のお陰であの通り和解に至れた」 「やっぱり心配していらしたんですね」 「天狐・(みお)様が仰られていたんだ――」  明かしてくれる。リカさん達のお婆さん・澪さんとのやり取りを。 『常盤(ときわ)には【夢】と【力】があるが、【忍耐】と【知力】がない。反対に薫には【忍耐】と【知力】があるが、【夢】と【力】がない』 『仰る通りで』 『側室の子として生を受けた点は同じだ。けど、常盤は【早熟】、薫は【晩熟】』 『常盤様は【長兄】、薫様は【末弟】』 『そう。それらの1つ1つの違いから、常盤は【極楽】を、薫は【地獄】を生きてきた。が出ちまうのは致し方のないことさ』 『……ええ』 『常盤不在の今なら、薫は間違いなく王になるだろう。けど、あの子には。あるとすれば、これまで恥辱を与えてきた身内連中への復讐ぐらいのもんだろう』 『っ、思い止まらせることは出来ぬものでございましょうか?』 『鍵は常盤だ。あの子はかつて薫に夢を与えた。一騎当千の武者となる夢を』 『っ! 確かに』 『だけど、今の常盤じゃダメだ。アタシと同じような失敗をして……っふ、どっかの異空の片隅で縮こまっていやがるからね』 『……左様でございますか』 『もしも常盤が夢を取り戻すことが出来たのなら、(ある)いは薫に常盤と同じ夢を見させられたのなら、少しはマシな世の中になるのかもしれないね』  お婆さんも失敗してた。その苦しみを知っているからこそリカさん、薫さんを無理に焚きつけようとはしなかった。けど、本当は期待してたんだ。誰よりも、ずっと。 「澪様、喜んでくれてますかね?」 「ああ、きっとな」  大五郎さんが大きな歯を出して笑った。つられるようにして俺も。 「ご理解いただけましたか?」 「……はい」  リカさんは項垂れていた。耳もぺたりと伏せてて。ああ、こってり絞られたみたいだ。 「帰ります。とっとと扉を開けてください」 「うん。あっ、定道(さだみち)穂高(ほだか)もいいかな」  定道さんは会釈で、穂高さんは手を上げる形で応えた。 「開界」  リカさんがそう唱えると、3人の体は白い光に包まれてすっと消えていった。 「すご!」 「優太(ゆうた)」  リカさんだ。一瞬で距離を詰めてきた。3メートルは離れてたのに。すっ、すげえ瞬発力……。 「うぐっ」  正面から抱き締められる。俺の(あご)がリカさんの肩に乗っかった。 「お熱いね~♡」 「新婚じゃからな~」 「っ! リカさん、みんなが見てる――」 「守れなくてごめん」 「あ……」  体が(すく)む。フラッシュバックする。穂高さんの体温、舌、唇の感触が。だけど。 「俺の方こそ、守れなくてすみませんでした」  俺にとってはこっちの方がずっとショックだった。目の前にいたのに、俺は何も出来なくて。 「かっこいいんだから」 「どこが」 「後でちゃんとさせてね」 「っ!」 「優太もお願い。いっぱい『きす』して」 「っ!!!」  囁かれた。甘く、色っぽく。いっぱいのキスをリカさんに。想像しかけて一気に顔が熱くなった。我ながらチョロすぎる。 「おぉ? 公開子作りかぁ?」 「っ!? ンなわけないでしょ!!」 「そうそう。これからするのは公開だよ」 「はえ?」 「「「???」」」 「ねえ、優太」 「はっ、はい!」 「薫の尻尾、いいなって思ったでしょ?」 「っ!?」 「もっと触りたいなって思ったでしょ?」 「っ!!??」  有無を言わさず問いかけてくる。リカさんは変わらず笑顔だけど、圧が半端なくって。 「そっ、そんなわけ――ごひゅっ!?」  俺の視界を、全身を、リカさんの4本の尻尾が覆っていく。あったかくて、もふもふで。おまけにヤキモチのスパイス付きだ。堪らん。俺の鼻孔はみるみる内に広がって、両手もぷるぷると震えながら持ち上がっていく。 「ねえ、私の方がいいでしょう?」 「ひゃい♡」  俺は本能の赴くままに、顔を覆う尻尾を鷲掴(わしづか)みにした。すんっと鼻を鳴らせば、干したての布団みたいな香りが。ああ、最高♡♡♡ 「素直でよろし――っ!」 「っ!?」  眩しい。何だ? 「あれ?」  光が薄れかけてきたところで違和感を覚えた。温もりが……減った? 「まさか!?」  リカさんのお尻を見てみると、案の定尻尾が減っていた。4本から2本へ。天昇したんだ! 「すごい! おめでとうござ――」  ちっ、と鋭い音が飛んできた。今のは舌打ち? 誰が? えっ? りっ、リカさんが? 「神め。絶対だよね?」 「いっ、いや! そんなことは――」 「おぉ! 六花(りっか)様が二尾の天狐様になられたぞい!」 「宴じゃ!!!」 「今はそういう気分じゃ――」 「「「宴だぁ!!」」」 「はぁ~……もう。分かったよ」  こうしてまた賑やかな日常が戻って来た。一度失いかけただけに喜びも一入(ひとしお)だ。けど、喜んでばかりもいられない。頑張るんだ。これまで以上にもっともっと。かけがえのない今と未来を守るために。

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