44 / 44
41.1000年後
――あれから500年……いや、1000年の時が流れた。
里を囲むぼんやりとした境界線はもうない。そう。俺達は表に出たんだ。理由は単純明快、安全が確保されたから。まだまだ大小様々な問題があるけど、ひとまず人間と妖が顔を合わせただけで殺し合うような事態はなくなりつつある。
平和への旗振り役は言わずもがな雨司 だ。リカさんが平和への思いを発信して、その思いを現国王である薫 さんや、他種族の代表者達が1つずつ具現化していってくれている。
さて、そんな中……俺は何をしているのかと言えば。
「だあぁあ!! 違う~!!」
意外や意外のライターだ。取材対象は妖と人間。それぞれの種族の文化を深堀して、入門書的なものを作っている。言い出しっぺは俺だ。元人間、現妖っていう特異な立場を活かせるんじゃないかと思って。
評判は有難いことに上々。これも偏 に薫さんからのバックアップがあってこそだ。(めちゃ厳しいけど)優秀な編集さんを付けてくれたり、各種族の皆さんに取材に協力するようお願いをしてくれたり、それとなく本を推してくれたり……。ほんと感謝してもし切れない。
俺はそんな大恩に報いるべく奮闘中だ。力不足を痛感する日々だけど、確かなやりがいも感じている。
「ただいま」
襖 を開けて誰かが入って来た。他でもない俺の旦那・リカさんだ。見た目年齢は30代前半のまま。1000年前から変わってない。
因みに俺は、20代前半ぐらいの見た目で止まってる。元が18だから、ちょっと成長した感じだ。
「あ~、疲れた」
今日のリカさんは白地に大小あられの柄が入った着物に、無地で紺色の羽織を合わせている。銀色の長い髪は高い位置できゅっと結んでいた。
あの藍色の髪紐は、里のみんなで少しずつ編んで作ったものだ。発案者は俺。薫さんも定道 さんも髪を結んでいたから、お守りとして捻 じ込むのには丁度いいかなと思って。
『これを私に?』
政務復帰の日、みんなで見送る時に僭越 ながら俺が代表してプレゼントをした。その時のリカさんは泣き笑いを浮かべるぐらい喜んでて。
以来1000年、ずーっと大事に使い続けてくれている。仕事に出る時は必ず付けていって、帰宅するとあんなふうにしゅるりと解く。プライベートタイム突入の合図だ。
「っ! 今日はダメですよ。明日締め切りなん――」
「根を詰め過ぎるのは良くないよ」
そう言って、2本の尻尾をご機嫌に揺らしながら俺の背後へ。そのままゴロンっと横になって、俺の黒い尻尾に顔を埋める。
「もふもふ~♡」
「こらっ」
「休憩、しようよ」
「ダメですってば」
「ちょっとだけ」
「…………」
「強情だね。仕方がない。助っ人を呼ぶとしよう」
「……はい?」
リカさんがぴゅーっと指笛を鳴らした。すると小さな足音がパタパタと近付いてきて、襖が勢いよく開いた。
「おじゃましますーーー!!!」
「おっ、おじゃまいたしまする!」
2人の子供が入って来た。双子のチビ妖狐だ。
「楓 ! 椛 ! ダメだろ! 俺、今仕事中」
銀髪で活発な方が楓、黒髪で内気な方が椛だ。2人とも肩まで伸びた髪を一つ結びにしている。作務衣姿で尻尾は1本だ。
切れ長の目に金色の瞳、長くてふさふさな睫毛、すっと通った鼻筋、薄くて形のいい唇……と、見れば見るほど、どっかの誰かさんにそっくりだ。
「かえで! はっ、母上はダメだって」
「バーカ! いーんだよ! ねっ! 父上?」
「うん! おっけーおっけー♪」
「ふぁっ!?」
「うおっ!?」
リカさんは寝ころんだままの状態で、子狐達を抱き込んだ。2人は驚きもそこそこにきゃっきゃとはしゃぎ出す。……かと思えば、楓がきゅっと唇を引き結んで。
「父上、おっぱい」
……なんて、とんでもないことを言い出した。そう。この子達はリカさんの母乳で育っている。俺の乳には催淫効果があったから。赤ん坊に与えるのは流石にマズかろうということで、母乳係はリカさんに。俺の乳は危険なので即止めになった(凄い)。
「見て? 私の胸はこの通りぺちゃんこだ。お乳はもう出ないんだよ」
「むぅ~」
楓は納得がいかないみたいだ。「や~や!」何て言いながら、リカさんの着物の合わせに無理矢理に手を突っ込もうとしている。あ……椛、お前もか。物欲しげに親指を咥えながら、リカさんの着物を引っ張っている。
楓と椛は人間で言えば3歳ぐらい。大人が食べるご飯もある程度は食べれるけど、やたらとせがんでくるので、半ばおやつ感覚で母乳をあげ続けてた。そうしたら、女性の皆様からこっぴどく叱られて、大慌てで『卒乳』させようとしているというわけだ。
とはいえ、正直俺も未練たらたらだ。リカさんのおっぱいは、控えめに言って最高だったから。
たわわに実ったもちもちぷるんぷるんの果実。色白でその頂は魅惑の薄桃色。気持ちがいいと出ちゃうんだよな。俺から愛撫を受けたり、俺を抱いてる時なんかにぴゅー♡と。
その時のリカさんの顔。羞恥に悶える表情はまさに至高だった。耳をぺたーっと平らに。顔は真っ赤に。金色の瞳はじわっと涙で歪んでて。
『やっ! 見ないで……っ』
『あっ♡ ダメ♡♡ そんなに吸ったら、楓と椛の分、がっ……!』
ねえ、リカさん。もっかい子作りしませんか? 今度はリカさんがお母さんで。……ははっ、なんてな。
「代わりに、い~っぱいもふもふしてもらおう!」
「……ん?」
「ねっ? 優太 」
「はははっ、はい!!」
背徳感と焦りからか、気付けば俺はモフり始めていた。ああ、オワタ。これはもう徹夜確定だな。
「ふふっ♡」
「わわっ……!」
「きゃーっ♡♡♡」
俺は右手で楓の、左手で椛の頭と耳をもみくちゃに。1本だけの黒い尻尾で、リカさんの銀色の尻尾をぎゅっぎゅっ♡とハグしていく。
実のところ、こんなふうに俺とリカさんの間に楓と椛が加わったのはごく最近のこと。まだ30年も経っていない。リカさんが多忙だったのもあるけど、それ以上に問題だったのはリカさんの気持ち。
自分に流れる血が子供に悪影響を及ぼすんじゃないか。リカさんの親兄弟、親戚がそうであるように、生まれてくる子も邪悪で欲深い気質に……ようは悪 になっちゃうんじゃないかってずっと思い悩んでた。
だけど、平和に向かって歩き出す雨司を目の当たりにしたことで考えを改めてくれた。仮に子供が『覇道』を求めたとしても、根気強く向き合っていこう。そんな覚悟が出来たんだって。俺も同じ思いだ。その時がきたら俺も。
「母上! もっともっと!」
「もっとです~♡」
「はいはい」
『大好き』、そんな思いをありったけ楓と椛に注いでいく。
「リカさん?」
不意にリカさんの手が俺の頬に触れた。でも、何も答えない。焦らしてるんだ。穏やかな表情をしてるけど、何処かニヤついてもいて。
「幸せ?」
「……もう」
分かり切ってるくせに。ズルい人だな。
「幸せですよ。と~~~っても!」
リカさんの表情が綻 んで、ぱっと弾けた。つられるようにして楓と椛も。
今の俺には自分の表情を確かめる術はない。だけど、見なくても分かる。笑ってるはずだ。同じように。心の底から。幸せいっぱいに。
Fin
ともだちにシェアしよう!

