46 / 48
41.天昇とヤキモチと
「……何をする」
「っ!? すみません!!!」
慌てて手を離した。
魅惑のもふもふの正体は、薫 さんの尻尾だったのか。
おっ、俺は何ってことを……!!!
で、でも……今のは間違いなく、一生に一度のチャンスだったよな!?
薫さんの尻尾を……王太子殿下の尻尾をモフれるのなんて……あぁ゛!!
どうせならもっとちゃんと味わっておけば良かっ――ん? あれ? 薫さん、何か雰囲気変わった……?
「~~っ、この無礼者が!!! よりにもよって若のしっ、尻尾に触れるなど――」
「あー!!!」
「「「っ!!?」」」
そうだ! 尻尾だ!!
もふもふの面積が増えたんだ!!!
「ひー、ふー、みー……やー、こー……こー!? 九本!? 元は七本でしたよね!?」
「そうだねー。あと一回天昇したら天狐だねー」
めっちゃ棒読みだ。
なんで? リカさんにとっても喜ばしいことのはずなのに……。
「そろそろお暇します」
一頻り盛り上がったところで、薫さんが切り出した。
名残惜しいけど、やっぱ忙しいんだろうな。
「そのうち、また遊びに来てね」
「……は?」
「ん?」
「遊びに、ですって?」
「あ……」
「貴方はまだ遊び半分でいらっしゃるようですね」
「そっ、そんなつもりは! 今のは言葉の綾で――」
「言い訳は結構です」
お説教タイム開始。
薫さんは変わらず淡々としているけどその内容は超超激辛で、リカさんはみるみるうちに小さくなっていく。
「ふっ」
そんな兄弟の様子を、大五郎 さんが穏やかな目で見守っていた。
俺、大五郎さんからめっちゃ嫌われてるけど……今なら少しは話せるかも。
薫さんから貰った手拭いをブレザーのポケットにしまいつつ、大五郎さんの傍まで行ってみる。
「椿 。替えの着物を持ってきてやれ」
大五郎さんは、俺の姿を目にするなり指示を出した。
俺が文字通りのズタボロだからだろう。
ブレザー、Yシャツ、インナーはビリッビリに破かれて、左右に力なく揺れている。
「いえ! 大丈夫です」
「……そうか」
「あっ、ありがとうございます! お気遣いをいただいて」
「いや、礼を言うのは俺の方だ。お前のお陰であの通り和解に至れた」
「やっぱり心配していらしたんですね」
「天狐・澪 様がこう仰られていたんだ……」
明かしてくれる。
リカさん達のお婆さん・澪さんとのやり取りを。
『常盤 には【夢】と【力】があるが、【忍耐】と【頭脳】がない。反対に、薫には【忍耐】と【頭脳】があるが、【夢】と【力】がない』
『補完し合う関係にあるということですね』
『ああ、そうだ。……もしも……もしも常盤が、薫にもう一度夢を見させることが出来たのなら……ふふっ、少しはマシな世の中になるのかもしれないね』
澪さんはそう言って、少し疲れたような顔で笑っていたのだという。
無理強いはしない。
でも、誰よりも兄弟が手を組むことを期待していた。
……俺には、そんなふうに思えた。
「澪様、喜んでくれてますかね?」
「ああ、きっとな」
大五郎さんが大きな歯を出して笑った。
つられるようにして俺も。
「ご理解いただけましたか?」
「……はい」
リカさんは項垂れていた。三角耳もぺたりと伏せている。
大分こってり絞られたみたいだ。
「では、帰ります。とっとと扉を開けてください」
「うん。あっ、定道 、穂高 もいいかな?」
定道さんは会釈で、穂高さんは手を上げる形で応えた。
「開界」
リカさんがそう唱えると、三人の体が瞬時に消えた。
まるでそう最初からいなかったみたいに。
俺は思わずポケットに手をやる。
良かった。薫さんから貰った手拭いは、ちゃんとある。
夢じゃなかったんだな。
「優太 」
「うぐっ」
リカさんが正面からハグしてきた。
あまりの勢いに、俺の上下の歯がガッチンコする。
いっ、痛い(泣)。
「お熱いね~♡」
「新婚じゃからな~」
「っ! リカさん、みんなが見てる――」
「守れなくて、ごめん」
「あ……」
フラッシュバックする。
穂高さんの体温、舌、唇の感触が。だけど――。
「俺の方こそ、守れなくて……すみませんでした」
俺にとってはこっちの方がずっとショックだった。
目の前にいたのに、俺は何も出来なくて。
「かっこいいんだから」
「どこが」
「後で、ちゃんと上書きさせてね」
「っ!」
「優太もお願い。いっぱい『きす』して」
「っ!!!」
囁かれた。甘く、色っぽく。
いっぱいのキスをリカさんに……。
想像しかけて、一気に顔が熱くなった。
我ながらチョロすぎる。
「おぉ? 公開子作りかぁ?」
「っ!? ンなわけないでしょ!!」
「そうそう。これからするのは公開お説教だよ」
「はえ?」
「「「???」」」
「ねえ、優太」
「はっ、はい!」
「薫の尻尾、いいなって思ったでしょ?」
「っ!?」
「もっと触りたいなって思ったでしょ?」
「っ!!??」
有無を言わさず問いかけてくる。
リカさんは変わらず笑顔だけど、圧が半端なくって。
「そっ、そんなわけ――ごひゅっ!?」
俺の視界を、全身を、リカさんの四本の尻尾が覆っていく。
あったかくて、もふもふで。
おまけにヤキモチのスパイス付きだ。堪らん。
俺の鼻孔はみるみるうちに広がって、両手もぷるぷると震えながら持ち上がっていく。
「ねえ、私の方がいいでしょう?」
「ひゃい♡」
俺は本能の赴くままに、顔を覆う尻尾を鷲掴みにした。
すんっと鼻を鳴らせば、干したての布団みたいな香りがする。
ああ、最高♡♡♡
「素直でよろし――っ!」
「っ!?」
眩しい。何だ?
「あれ?」
光が薄れかけてきたところで違和感を覚えた。
温もりが……減った?
「まさか!?」
リカさんのお尻を見てみると、案の定尻尾の数が減っていた。
四本から二本へ。天昇したんだ!
「すごい! おめでとうござ――」
ちっ、と鋭い音が飛んできた。
今のは舌打ち? 誰が? えっ? まさか、リカさんが?
「神め。絶対わざとだよね?」
「いっ、いや! そんなことは――」
「おぉ! 六花 様が二尾の天狐様になられたぞい!」
「宴じゃ!!!」
「今はそういう気分じゃ――」
「「「宴だぁ!!」」」
「はぁ~……もう。分かったよ」
こうしてまた賑やかな日常が戻って来た。
一度失いかけただけに喜びも一入だ。
けど、喜んでばかりもいられない。
頑張るんだ。これまで以上にもっともっと。
かけがえのない今と未来を守るために。
ともだちにシェアしよう!

