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働かせてください!(2)

 姉、ローザの夫であるエイギル・ガイトナーは、ガイトナー家の若き当主だ。ガイトナー家は亡くなられた父君がかつて宰相をしていたほどの、公爵家の中でもかなり由緒ある家柄だと聞いている。  地方の伯爵家の娘である姉が由緒正しい公爵家に嫁ぐことができたのは、この国の政情が深く関係していた。  今からおよそ12年前の話だ。  現在の皇帝・クリストフ7世が即位してすぐの頃に宮廷で政変があり、宰相だったエイギルの父君は謀反の罪を着せられて処刑されたらしい。  大人になってから聞いたところによると、先帝が急な病で亡くなり、当時14才だった現帝が即位するにあたって、現帝の母君である皇太后が自ら摂政に名乗り出たそうだ。宰相だったガイトナー公爵は、男性のオメガである皇太后の知識や政治経験のなさを理由に、アルファである先帝の長弟を摂政にすることを進言した。そのことに腹を立てた皇太后が、ガイトナー公爵に謀反の罪を着せ処刑したという話だった。  それからしばらくは中央貴族の誰もが皇太后に意見できなくなり、皇太后の専横が続いたらしい。毒殺が噂されている皇弟もいたという。  父を処刑され、爵位も剥奪されたエイギルは、母と共に母の実家であるカッシーラー辺境伯に助けを求めた。しかし、謀反人の息子と関わり合いになりたくなかったカッシーラー辺境伯は、エイギルの母を遠方の貴族に再嫁させ、自身が治める辺境伯領の貴族であるユリウスの父に、エイギルを押し付けたそうだ。  「押し付けた」という言葉は悪いけど、当時、使用人の誰もがそのようなことを言っていたことは、かすかに覚えている。「旦那様は人がいいから」とか「とばっちり」と言われ、父は使用人にも同情されていた。  そういう事情でエイギルが同じ年ごろの侍従を一人だけ連れてイェーガー家に転がり込んできたのは、ユリウスが6つの頃で、5つ上のエイギルは11才だった。  結局は皇太后の浪費の所為で、二年で宮廷の財政が底をつき、帝国領だけでなく辺境伯領にも税を課そうとしたところ、それに反対した国中の辺境伯が自兵を率いて都を取り囲み、摂政の退陣を迫った。辺境伯軍が全て黒い兵服、黒い旗で統一されていたため、『黒衣の変』と呼ばれている。  その頃には、皇帝も皇太后の言いなりではなく、それなりに自分の考えで裁可を下すことができるようになっていたし、皇太后の目を盗んで皇帝に正しい国の現状を伝えることのできる人間も周りにいたので、皇帝は皇太后を摂政から退かせ、叔父である先帝の長弟を宰相に据えた。皇太后は処刑こそされなかったが、今も宮廷の奥深くに幽閉されているらしい。  ガイトナー公爵の謀反についても、何の証拠もなく、虚偽であったことが判明したため、ガイトナー家は爵位を回復できたのだそうだ。    そのため、エイギルは三年を待たずにイェーガー家を出て行った。ただ、その後も、ガイトナー家が諸々の利権を回復するまでの間、彼はカッシーラー辺境伯のところにいたので、時折り遠乗りの訓練も兼ねて家に遊びに来てくれた。  エイギルが身分としては格下である地方の伯爵の娘を正妻に娶ったのは、姉を愛してくれたのはもちろんだが、イェーガー家に恩を感じていたからでもあるのだろう。

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