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働かせてください!(3)

 着替えて居間で甥っ子と遊んでいると、まもなくしてエイギルが帰宅した。  ガイトナー家は以前の半分ほどではあるが領地を回復していて、エイギルは姉と結婚する少し前から都に戻り、官吏として宮廷に出仕している。  ラインハルト殿下ほどではないが、エイギルも見るからにアルファで背が高く、文官とは思えない引き締まった体格をしている。イェーガー家に居候していた子供の頃も、自分の身は自分で守れるようになりたいからと、よく侍従相手に剣の稽古をしていた。  ただ、殿下と従兄弟だと聞いて改めてそういう目で見ても、体格以外は似ているところを見つけられなかった。  どちらも整った容貌であることは間違いないが、エイギルは目尻が下がり気味の優しげな面立ちで、髪も、少しくせのある明るいブラウンだ。雰囲気的には、見下ろされるだけで萎縮してしまったあの人とは対極にある。容姿だけでなく、性格も、明るく気さくなエイギルと、終始仏頂面で口数の少ないあの人では、完全に真逆に思えた。  ラインハルト殿下は22才と言っていたから、年はエイギルが殿下より一つ上になる。  エイギルは、「ただいま」とソファにいるユリウス達に笑顔を向けると、自然な流れでローザにキスをした。  先ほど「結婚式」という言葉を聞いたときのような胸のざわめきはない。あれはきっと不意打ちだったからだと、改めてホッとする思いだった。  まだ子供なのに、父を亡くし、母とも引き離されても、誰に対しても明るく優しく振る舞っていたエイギルは、姉だけでなくユリウスにとっても、出会った頃から憧れの人で、大好きなお兄さんだった。  それがただの『好き』ではなく、恋愛的なものだと知ったのは、彼がイェーガー家を出た後のことだ。遊びに来たエイギルが、木陰でローザとキスしているのをたまたま見かけて、姉のことを羨ましいと思っている自分に気づいてしまった。  その思いは、気づいた瞬間に実らないこともわかっていたし、本人にも、他の誰にも打ち明けるつもりはなかった。  エイギルへの想いは、あの日、二人の結婚式が行われたカッシーラー辺境伯のお城に置いてきたつもりだった。姉のことは大好きだし、アルファなのに格下の貴族であるベータの姉と結婚し、他に妾も娶っていないエイギルのことも、人として尊敬しているし義兄(あに)としても慕っている。  そう思っていても、長くここにいれば、それだけではいられないかもしれないという不安もあった。特に今日のように、選定の儀で誰にも選ばれず、自分に自信を無くしているようなときには。今ローザに対して感じているものが羨望なのか嫉妬なのかは、初めて彼女とエイギルのキスを目撃して以降、自分でもわからなくなることが度々ある。  なまじオメガには発情期(ヒート)という武器があるだけに、厄介だった。  発情期(ヒート)中にオメガが放つフェロモンには、アルファもベータも抗えないと聞いている。それを使えば、エイギルを誘惑し関係を持つこともできるということだ。実際に発情期(ヒート)中、どうしても我慢ができなくて、そういう妄想を抱いてしまったことも何度もあった。  嫉妬にかられ、発情期(ヒート)を使って姉の家庭を壊してしまうような下劣な人間には、死んでもなりたくない。  ラインハルトからは、「うちに来るのはいつからでもいい」と言われていた。一度故郷に戻ることもできたが、戻ってしまったら、再び都に来る勇気は出ないだろう。  甥のアルバンがユリウスの膝から降り、「パパ―」とエイギルに駆け寄る。  仲睦まじい夫婦と家族の姿を笑顔で眺めながら、ユリウスは明日、ラインハルト殿下の元に行こうと心に決めた。

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