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働かせてください!(4)
布団に潜りこみ、眠りにつくまでの間、思い出していたのは、姉の結婚式のことだった。
ユリウスが15才のときのことだ。
都の主だった貴族は、帝国領内に私有地を持ち、そこから収益を得る一方で、官吏として宮廷にも出仕している。何らかの部署を統括する上級官僚の立場にあり、宮廷議会に出席することが、貴族の役割なのだそうだ。
エイギルも19才のときに都に行き、ガイトナー家の若き当主として宮廷貴族の一員となった。カッシーラー辺境伯領を離れる前にローザに結婚を申し込み、結婚式はその翌年に、カッシーラー辺境伯の城で行われた。
二人の希望で使用人も参列していたためか、式はお城の中ではなく庭園で行われた。
柔らかな芝生が生え、色とりどりの花々が咲き誇る美しい庭園だった。
天気がよい日で、純白の婚礼衣装を身に纏った花嫁と花婿が、緑豊かな庭園でまばゆく輝いていた。でも、それ以外のことは、そこにいた人たちの顔も、出された料理の味も、ほとんど覚えていない。
記憶にないのは、笑顔を保つのに必死だったからだろう。
今になって思い返すと、笑顔でい続ける必要はなかったのだろうけど、あのときは、気を抜けば誰かにエイギルへの気持ちを悟られてしまう気がして、無理して笑い続けていた。
でも、それが崩れてしまった瞬間もあった。
皆が思い思いに歓談を始めた頃、ローザに呼ばれた。『次はユーリの番よ』と言って、式の間、彼女が手にしていた花束を渡されたのだ。
式に参列している未婚の男女の中で一番年上がユリウスだったから、単に年の順で、花束を渡す相手に選ばれたのだろう。幸せにあやかれるようにと願って花束 をくれたことはわかっていたし、その気遣いは嬉しかった。ローザに幸せになってほしいという思いも本心だった。
けれど、かろうじて笑顔を保てたのは花束を受け取るまでで、人に見せてはいけないものが込み上げてきそうになって、ユリウスはそっとその場を離れた。
その頃にはもう、自分がオメガであることが判明していたから、平民のオメガには結婚の自由がなく、18才になれば選定の儀に参加しなければならないことも知っていた。
誰かと幸せになってほしいというローザの思いに、差別などないことはわかっている。でも、どうしてもそこには、「平民のオメガでも」とか、「自分で相手を選べなくても」といった前置きがついてくる。
ユリウスはローザのように、誰かを愛し、愛されて、お互いに望む相手と結婚することはできない。その事実を思い出したら、幸せな笑顔に溢れているその場に居続けることができなくなった。
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