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働かせてください!(5)

 人のいない場所を求めて庭の片隅に駆け込むと、周りを背の高い植え込みに囲まれた、小さな噴水のある池があった。  ここなら誰にも見られないと思って気が抜けると同時に、堪えていたものが一気に決壊した。  自分でも、何の涙かはよくわからなかった。  悲しかったわけではないし、悔しかったわけでもない。  ただ、何で自分は平民で、オメガなんだろうと思うと、止めどなく涙が溢れた。  姉の結婚式のことを思い出していたら、選定の儀で選ばれなかったことが、ふたたび重石(おもし)のように、胸にずしりとのしかかってきた。  何か気持ちが上向くようなことがないかと頭を巡らせる中で、もう一つ思い出したことがある。  あのとき、庭の片隅で泣き崩れたあとの出来事だ。  縋るようにして池の淵に両手をかけ、石畳に跪いて咽び泣いたユリウスは、嗚咽が治まったところで腰を上げた。  しかし、広場に戻ろうと踵を返したら、いきなり目の前に人がいて、びっくりした。声は殺していたけど、近くにいたなら、泣いていたことは知られてしまっているだろう。  咄嗟に、顔を見られてはいけないと思った。花嫁の弟が結婚式の最中に陰でこっそり泣いていたことを、誰かに知られてはいけない。  そう思って慌てて顔を伏せたから、その人の顔はまともに見ていない。ただ、かなり背が高い人だったことは覚えている。 「戻る前に顔を拭いたほうがいい」  俯かせた頭にそんな声が降って来て、濡らしたハンカチーフを差し出された。  聞き覚えのない声に、少しだけホッとした。面識のない人なら、もし顔を見られていたとしても、ユリウスが花嫁の弟だと気づかないだろう。  背を向けていたから、泣いていたときの顔は見られていないはずだ。それでも、涙で顔がぐちゃぐちゃになっているだろうと予想して、ハンカチーフを濡らしてきてくれたということか。  ユリウスは、「ありがとうございます」と言ってハンカチーフを受け取った。  もしかしたら、わざわざ井戸の水を汲み上げたのかもしれない。その人の手も、濡らして軽く絞ったハンカチーフも、とてもひんやりとしていた。  最後まで顔は上げられなかった。  顔を俯かせたまま、ハンカチーフを洗って返しますと言ったら、式が終わったらすぐに都に戻るから返さなくていいと言われた。  記憶を紐解いている間に、徐々に気持ちが凪いでいき、かわりに眠気が増してきた。  ――あの人の香り、どこかで嗅いだことがあったような……。  それを思い出すことはできず、ユリウスはいつのまにか意識を手離していた。

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