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働かせてください!(7)

 屋敷の中は、埃っぽさやカビ臭さはなく、よく掃除が行き届いているようだった。ただ、絵画や彫刻といった装飾の類は一切なく、ところどころ壁の漆喰が剥げ落ちて煉瓦が剥き出しになっているところもある。家の外と同じで、古めかしく、物寂しさを感じた。  通されたのは、庭に面して大きな窓のある、日当たりの良い居間だった。  エイギルの話によると、ラインハルトは、皇族でありながら、騎士団に所属しているらしい。今は都を警備する第2騎士団の部隊長をしているとか。今日は朝から出仕していて、不在だった。  主が不在の家で勝手に寛いでよいものか戸惑ったが、ソファに座るよう促されて、ひとまず腰を落ち着ける。メイドの女性が一度いなくなり、すぐにお茶とお菓子を運んできた。  主の不在中に使用人だけで居間でお茶会をするなんて、ユリウスの実家では考えれられない。しかし、二人が祖父母の年齢に近いせいか、すぐに使用人同士であることを忘れ、祖父母とお茶を飲んでいるような気分になった。  改めて二人が自己紹介し、執事の男性はギルベルト・ワーグナー、メイド服の女性はエレナ・ワーグナーと名乗った。二人は夫婦らしい。エレナがラインハルトの母君の侍女をしていた縁で、今は夫婦そろって住み込みで雇われているのだそうだ。  そして、この屋敷で働いている使用人はその二人だけだと聞かされて、思わず顔が引き攣ってしまった。 「お二人……だけですか?」  いくらそれほど広くない家だと言っても、そこそこにお年を召した二人で、殿下だけでなく馬の世話までし、皇族の体面を保って家を管理していくことは、土台無理のある話に思える。そもそもの話、この古びた家で皇族の体面が保たれているかというと、ユリウスにもわからないところではあるが。 「ぼっちゃま……って言ったら本人に叱られるんですけど……」  エレナが口元に手をあて、ふふふ、と悪戯が見つかった少女のように笑う。 「ライニ様は宮廷にいた頃に命を狙われたことがあって、信用できる人しか傍におきたがらないんです。それでなかなか、他の使用人を雇えなくて……。わたくし共の息子が平民街で商売をしているので、食材や馬が食べる干し草なんかの必要な物は、息子や息子の店の者が定期的に届けてくれます。ライニ様も若いころ苦労なさったから、料理以外のことはご自分でなさいますし、わたくし達の仕事はそれほど多くはありませんのよ」  はぁ、とユリウスは曖昧に頷いた。  信用できる人しか傍におきたがらない殿下が初対面のユリウスを侍従として雇うことにした理由。それはおそらく、ユリウスがエイギルの義理の弟だからだろう。エイギルから多少はユリウスの話を聞かされていたか、もしくは従兄弟の義弟だから、信用に値すると思ってくれたに違いない。  それにしても、今が皇弟ということは、先帝の時代は皇子だったはずだ。  それなのに命を狙われたり、皇弟なのにこんなみすぼらしい家に住んでいるなんて。身分が高いからといって、一生涯、裕福に、何不自由なく暮らせるとは限らないのだろう。あの華やかな宮殿の裏に隠された闇を垣間見た気分だった。

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