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怖い、よりも知りたい(1)

 午前中は洗濯と掃除をし、昼食をふかし芋とスープで簡単に済ませたら、しばらくは休憩だと言われた。ワーグナー夫妻も昼食後は午睡をするのだそうだ。主が家にいてもいなくても、夫妻の生活は普段と変わらないらしい。  ユリウスは午睡の習慣がないため、どこか薬草を育てられる場所はないかと思いつつ庭を徘徊していたら、荷車を引いた人が現れた。  柔和な面立ちのその人は、ワーグナー夫妻の息子さんで、食材や馬の干し草を届けてくれたそうだ。  勝手知ったる我が家よろしく、野菜やお肉を入れた木箱を台所へ運ぶと、荷台に積んでいた干し草を馬に与え、空になった荷台に馬の糞を乗せて帰って行った。馬の糞は、干して肥料にするらしい。  やがて夫妻が午睡から起き出してきて、午後の仕事は、エレナが夕餉の仕度、ギルベルトがラインハルト殿下宛てに届いた書簡の整理や繕い物、といった具合に分担してやっていた。ギルベルトは、元々は仕立て屋で働いていたそうで、目を悪くして仕立て屋はやめたけど、今でも長時間でなければ作業ができるのだそうだ。  ユリウスは、今日のところはエレナを手伝うことにした。そのうち繕い物も習いたいけど、子供の頃、姉が刺繍をしているのを真似しようとして、何度も針を手に差して指先が血だらけになった記憶が苦い経験として記憶に残っている。  夕餉の仕度は、井戸から水を汲んできて、かまどに火を起こすところから始まる。ユリウスも、水を汲んできたり野菜を洗ったりして、できることを手伝った。  確かに夫妻の一日を見ると、ユリウスがいなくても、二人だけで人手は事足りているように思える。でも、少しでも手伝えば、今よりは二人が楽になるかもしれないし、エレナが言っていたように、家事というのは身につけておいて損することはない。家では「危ないから」と言ってさせてもらえなかった火やナイフを使った作業も、気をつけてやれば全然危ないことはなかったし、実際にやってみたら楽しかった。  いつかエレナのように、材料を見ただけで、今日はこれを作りましょうと言えるくらいになりたいけど。  ユリウスにとっては、それは遥か先の未来のようだ。  かまどからパンと肉の焼ける香ばしい匂いがし始めた頃、「そろそろかしら」とエレナが呟いた。  焼けたパンを皿に並べていたユリウスが声のしたほうを向くと、彼女もスープの味見用の器をテーブルに置き、こちらに顔を向ける。 「ユーリ様」  と声をかけられた。  敬称はいらないと言ったのだが、夫妻はどうしてもユリウスに敬称をつけようとする。なので、せめて愛称で呼んでもらえるよう、こちらからお願いしたのだ。 「洗濯物を取り込むのをお願いしてもよろしいかしら? そろそろライニ様がお戻りになる頃だから、乾いた洗濯物の中から殿下のシャツと浴布(タオル)を持って、水浴びのお手伝いをして差し上げてください」 「水浴びですか?」  訊けば、ラインハルトはいつも、帰宅すると馬の散歩をし、それが終わったら井戸端で頭から水を浴びるのだそうだ。さすがに真冬はお湯を使うが、風呂に湯を溜めて浸かるのは、年に1、2回らしい。 「いくら春になって暖かくなってきたとは言っても、水浴びはさすがに風邪を引いてしまうのではないでしょうか……」 「わたくし達も何度も申し上げたのですが、ライニ様がお聞きにならないのです。それほどやわ(・・)な体じゃない、と仰って……。そうだわ!」  エレナはふいに、何かよいことでも思いついたかのように、目を輝かせた。 「ユーリ様から仰って頂けたら、ライニ様も耳を傾けてくださるかもしれませんわ」  母君の代から仕えている侍女が言っても聞かないのだから、昨日あったばかりの僕が言ったところで、沼に杭を打つようなものではないだろうか……。  とは、秘かに思ったが。  湯浴(ゆあみ)を勧めるのなら、もう一つお勧めしたいことがあった。 「それでしたら、一つ提案があるのですが……」  ユリウスの提案にエレナが賛同してくれたため、ユリウスは諸々の準備をし、庭に出た。

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