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第5騎士団(3)

 トマスから殿下の『婿入り』の噂話を聞いた二日後。夕餉の後に、ワーグナー夫妻も揃っている席で、「話したいことがある」とラインハルトが改まった様子で話を切り出した。  てっきり婿入りの話かと思って身を固くしたが、話の内容はユリウスの予想とは違っていた。 「今度、第5騎士団の副団長に昇格することが決まった」 「あら。おめでとうございます!」  というエレナの弾んだ声で、それがおめでたい話だということに気が付いた。  ラインハルトは、今は第2騎士団の部隊長をしている。それが第5騎士団の副団長になるのなら、昇格には違いない。  ただ、そのわりには、いつにも増して殿下は浮かない顔をしている。 「第5騎士団への転属は俺がずっと希望していたことだから、それが叶ったことは確かにめでたいことだが……。当面、都を離れることになる……」  第5騎士団は北方の国境警備を担っている。  ユリウスの故郷のあるカッシーラー辺境伯領の隣のウェルナー辺境伯領に第5騎士団の軍営があるため、最も身近な騎士団として子供の頃から知っていた。  元々は国境の警備は辺境伯に一任されていたのだそうだ。帝国騎士団は帝都や帝国領を守るだけで、辺境伯領には派遣されていなかった。  それが、国中の辺境伯が兵を率いて都を取り囲み、皇太后の摂政退陣を迫った『黒衣の変』以降、辺境伯領にも騎士団の軍営が置かれるようになった。  以前、家庭教師に教えてもらったところによると、それは他国に対する防衛というより、主に国の内側の防衛――すなわち、内乱を抑止するのが一番の目的だろうと言われている。  『黒衣の変』は、皇太后の専横をやめさせるというよい結果に繋がったが、辺境伯が結託することに対して、宮廷は危機感を募らせた。  帝国騎士団を主だった辺境伯軍に送り込むことは、辺境伯の動向や軍事力を監視させることと、辺境伯の私兵を減らすことの二つの目的を果たしているのだそうだ。  その、北方の国境を警備する第5騎士団に、ラインハルトが赴任するという。  婿入りの話ではないとわかった時点で、ユリウスはこの話に対する興味の大半を失っていた。  侍従である自分は、当然、殿下についていくことになると思っていたから、都よりも故郷に近くなるから里帰りしやすくなるな、くらいに呑気に考えていた。  殿下が、隣に座っているユリウスを横目で一瞥し、向かいの席のワーグナー夫妻に向かって話を続ける 「一度配属されれば数年は動かないし、次の配属先が都とは限らない。ここは貴族街で、お前達だけでここに住んでもらうわけにもいかないから、この家は売り払おうと思っている。息子のところに行くならそれでもいいし、二人で住むつもりなら、平民街に別の家を用意しよう。次の勤め先は、お前達さえよければ、エイギルのところで雇ってもらえるよう、話はついている」  続いて、殿下は椅子に座ったまま体の向きを斜めにずらし、ユリウスの方へと向き直った。 「ユーリ。お前はどうする? エイギルのところに身を寄せてもいいし、故郷に帰るなら、俺が赴任先に行くついでに送っていく。お前のご両親にも、一度ちゃんと挨拶をしたかったからな」  ……へ…………?  という間抜けな言葉を、思わず洩らしそうになった。  殿下についていく以外の選択肢を考えていなかったから。  けれど、殿下の言葉を頭の中で何度思い返しても、その中に、『第5騎士団の軍営についてくる』という選択肢はなかった。

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