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第5騎士団(4)
「私達はこの年ですから一緒に行くことは無理でも、ユーリ様はお連れになったほうがいいんじゃありませんか? ライニ様のお世話をする人が必要でしょう?」
言葉を失くしたユリウスにかわり、エレナが口を挟んでくれる。
ラインハルトが、わずかに視線を揺らしたかに思えた。
「危険を伴うため、一緒に連れて行くことはできない。身の回りの世話は近侍の兵がやってくれるから、心配いらない」
それ以上、主の目を見つめ返すことができず、ユリウスは顔を俯かせた。
都に残るか故郷に戻るか。ただそれを決めればいいだけなのに、頭と心がばらばらになったみたいに、考えがまとまらなかった。
「第5騎士団の軍営のあるウェルナー辺境伯領はお前の故郷に近いから、お前が故郷に戻るなら、任務が休みの日には会いに行ける。都に残りたいと言うのなら、それでもかまわない。エイギルには、お前のことも頼んである」
殿下の言葉が右の耳から左の耳へすり抜けていく中で、『ウェルナー辺境伯』という単語が、ユリウスの頭に引っかかった。
トマスが言っていた、「ライニ様がなんとかって辺境伯の娘婿になるって噂」の「なんとか」の部分に、すとんと腑に落ちるように、「ウェルナー辺境伯」という単語が重なった。
ウェルナー辺境伯には、ユリウスと同じ年ごろのオメガの令嬢がいたことを思い出したのだ。ユリウスと違って貴族だから、選定の儀には参加していない。
ウェルナー辺境伯領とユリウスの故郷のあるカッシーラー辺境伯領は隣り合っていて、辺境伯同士仲がいい。
そのため、カッシーラー辺境伯の甥であるエイギルの結婚式には、ウェルナー辺境伯とその令嬢も招待されていた。親子のことは記憶にないが、結婚式のとき、ウェルナー辺境伯令嬢が絶世の美女だったと弟が騒いでいたことは覚えている。
エイギルの従兄弟であるラインハルトも、あの結婚式に参列していたという話だった。だとしたら、ウェルナー辺境伯令嬢とラインハルトは、あのとき同じ場所に居合わせていたことになる。ひと目でも顔を合わせていたなら、美男美女同士、惹かれ合うものがあったのではないだろうか。
もしくは、皇弟殿下と辺境伯令嬢だから、エイギルの結婚式以外でも、夜会やら舞踏会やらで顔を会わせる機会もあったかもしれない。
そう考えたら、今しがた殿下が言った、『第5騎士団への転属は俺がずっと希望していた』という言葉も、殿下が今までずっと選定の儀に参加してこなかったことにも、納得がいく。
婿入りの噂が事実かどうかはわからないけど、少なくとも殿下の心の中には、ずっと思いを寄せる誰かがいたのではないか――……。
オメガは、生涯に一人しか番 を持てないが、アルファは複数のオメガと番 になれる。
だから、ユリウスと番 になっていたとしても、殿下がウェルナー辺境伯令嬢を妻にし、新たな番 にすることは可能だ。
侍従として殿下の役に立てるのなら、それでよかった。
でも、侍従としても必要ないと言われてしまったら……。殿下の傍に、ユリウスの居場所はなかった。
テーブルの下で、衣をぎゅっと握りしめる。
口を開けば泣き声になってしまいそうで、何度か浅い呼吸を繰り返した。
「でも、ライニ様。ユーリ様はライニ様のつが……」
つがいですから。とエレナが言おうとしている気配を察し、ユリウスはそれを遮るように声を発する。
「少し……考えさせてください……」
震えそうになる喉に力を込め、なんとかそのひと言だけ絞り出した。
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