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第5騎士団(5)
トマスから聞いたところによると、しばらく前から第5騎士団の副団長が行方知れずになっていたのだそうだ。今回の殿下の昇格はその穴埋めのためとかで、かなり急な辞令だったようだ。
昇格の話をしたときに殿下が浮かない顔をしていたのも、それが原因だったのかもしれない。
昇格の話をされた翌日。ユリウスが「都に残ります」と返事をしたところ、殿下は「そうか」と言ったきりしばらく何も言わなかった。
「都に帰って来たときは、顔を見に行く」
言葉を選ぶようにして最後はそう言ってくれたけど、目も合わせてくれなかったし、なんとなく、取って付けたような言葉に感じてしまった。きっと、従兄弟の家に挨拶にいくついでにユリウスの顔も見るとか、その程度の意味だろうと。
ユリウスが殿下の従兄弟の義弟でなければ、殿下との縁はここで切れてしまっていたような。そんな寂しさを覚えた。
その寂しさが、番 だから感じてしまうものなのか、殿下のことが好きだからなのかは、自分ではわからない。
ただ、自分がどうしたいかは、既に心が決まっている。
動機は、ユリウスにとってあまり重要ではなかった。
ラインハルトが北方へと旅立ったのは、それから五日後のことだ。
出立の日。ユリウスはワーグナー夫妻と共に家の門まで見送りに出た。
殿下は、黒毛の馬のニゲルだけ連れていた。北方にはニゲルだけ連れていくそうで、白毛のアルバはユリウスが譲り受けることになっている。
エイギルの家にも厩舎がある。そこで飼ったらいいと言われて、ユリウスにとっても馬が必要だったので、ありがたく頂戴することにした。
殿下がギルベルトとエレナにハグをするのを見たのは初めてだ。殿下の両親は、共に既に亡くなられている。二人は殿下にとって、親代わりのような存在だったのだろう。
最後にユリウスにハグをすると、額にキスをしてくれた。別れを惜しんでいると勘違いしてしまいそうな、強い抱擁と優しいキスだった。
いつものようにくしゃりと頭を一撫でし、殿下が体を離した瞬間、頭を撫でられるのもこれで最後かもしれないと思うと、堪えていたものが零れ落ちそうになった。
でも、泣いたら気持ちを悟られてしまうかもしれない。
殿下は優しい人だから、ユリウスの好意を知れば、つがいにしてしまった自分を再び責めるだろう。
だから必死に無表情を装い、無事を祈っていることだけ伝えて、殿下を送り出した。
ユリウスが食いしばっていた歯を緩め、自分に泣くことを許したのは、嗚咽が聞こえないくらい殿下の後ろ姿が遠ざかってからだ。
「何か理由があるのです。でなければ。ライニ様がユーリ様を傍に置きたがらないはずがありません」
エレナはそう言って、慰めてくれた。
エレナはまだ、殿下の婿入りの噂を知らなかったようだ。近いうちにトマスから聞くことになるだろう。まだ噂でしかないけど、きっとその噂は、親代わりの二人にとって、嬉しい噂に違いない。
殿下との縁が切れれば、ワーグナー夫妻との縁も切れる。そのこともまた、寂しかった。
嗚咽が落ち着いたところで目元を拭い、ユリウスは顔を上げた。
「じゃあ、僕もそろそろ姉様のところに行きます。二人ともお元気で」
これからは息子のところに身を寄せ、商売の手伝いをするという二人に挨拶をし、ユリウスも白馬 を連れて、主のいなくなった家を離れた。
その足で姉の家を訪ねたのは、これからそこで暮らすためではない。
エイギルに頼みたいことがあったのと、姉の家族に別れの挨拶をするためだった。
姉には、本当のことを言えば猛反対されることがわかっているから、故郷に帰ることにしたと嘘をついた。故郷の両親には、これからしようと思っていることを正直に手紙に書いて、昨日のうちに送っている。
手紙が着くころにはユリウスは目的の場所に着いているはずだから、今さら反対しても無駄だと諦めてくれるだろう。
姉の家に一泊し、翌朝、エイギルや姉 や子供たちに別れの挨拶をすると、ユリウスは白馬 に跨り、都を出た。
目指すは、ウェルナー辺境伯領。
侍従として必要とされていないのなら、せめて騎士団の使用人として、殿下の近くで働こうと心に決めていた。
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