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皇弟騎士の思い人(5)

 直感で、ラインハルト殿下に侍従として仕えていたことについては、言わない方がよさそうに思った。  何かの拍子にシャツで隠れているうなじの傷を見られれば、(つがい)持ちのオメガであることに気づかれてしまうかもしれない。それに加えて殿下に侍従として仕えていたことも知られていれば、偶発的に(つがい)になってしまったことまで容易に推察されてしまうだろう。 「ラインハルト殿下はガイトナー公爵の従兄弟なので、その縁でお会いしたことはありますが、親しいという程では……」  言葉を選びつつ答えたところ、団長はあからさまに残念そうな顔をした。 「そうか……。では、副団長の交友関係について詳しくは知らないか?」 「……といいますと……?」 「彼はまだ、妻も妾もいないだろう? 付き合っていた女はいたはずだ。どこのご令嬢と懇意にしていたのか、知らないか?」  急に心臓が早鐘を打ち、背筋を冷たい汗が伝いはじめた。  質問の真意はわからないが、呼び出しの理由がユリウス自身ではなく、殿下にあることはわかる。  ライニ様に恋人……、いたのだろうか……。いや、いないわけないよな。  ただ、ユリウスが殿下の元にいたひと月は、毎日仕事が終わると真っすぐに屋敷に帰って来ていたし、最初の休日はユリウスの発情期(ヒート)のせいで潰れて、その次は薬草屋さんに連れて行ってくれて、その次は一緒に遠乗りに出かけた。そのため、恋人の気配を感じる機会はなかった。  まぁ、たかだかひと月の話だし、たまたまその間、恋人に会う機会がなかっただけだろう。いいところのお嬢様だったら、そうそう簡単に会える相手ではないかもしれないし。どちらにしても――。 「殿下の交友関係については、僕は何も知りません」  そう答えるしかなかった。もし知っていたとしも、殿下の許可なしに勝手に喋るわけにはいかない。  それで諦めてくれると思ったのだが。  更に別の質問が飛んでくる。 「ならば、副団長の結婚相手について、ガイトナー公爵や姉君から何か聞いていないか?」  動揺して、視線を泳がせてしまったのがよくなかった。 「何か聞いているのだな? やはりあの噂は本当なのか?」  団長がここぞとばかりに質問を畳みかけてくる。  噂というのは、あれのことだろう。トマスが言っていた、ライニ様がなんとかって辺境伯の娘婿になるという噂。まさか都だけでなく、こんな辺境地にまで伝わっていたとは。 「いえ……。ガイトナー公爵からも姉からも、何も聞いていません……」  碧眼をまっすぐに見つめ返して答えた。  団長が、ふむ、と顎に手をあて、考え込むように右方に視線をやる。 「従兄弟が何も知らないということは、結婚の話は今はまだ噂に過ぎないということか……」    独り言ちるように呟き、すぐにまた視線をユリウスへと戻した。   「話はそれだけだ。今後もし、副団長の結婚や交友関係について何か聞いたときは、逐一私に報告するように。それから、私がそれを知りたがっていることについては、誰にも他言しないように」 「はい。失礼いたします」  ユリウスは立ち上がって深々と頭を下げ、執務室を出た。

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