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皇弟騎士の思い人(6)

 ……どうして団長が、ライニ様の交友関係や結婚のことを気にするのだろう。  来たときと同じように壁に架けられた燭台の明かりを頼りに廊下をコソコソと歩きながら、執務室でのやりとりを思い返す。  ……まぁ。もっと仲良くなるために殿下のことを知りたいとか、結婚が決まったらお祝いの品を贈りたいとか、そういうことかな。  城を出る頃には、そういう結論に辿り着いていた。  一概に『城』といっても、城壁に囲まれた敷地の中には大小色んな建物がある。皆が狭い意味で『城』と呼んでいるのは、高い望楼を有し、敷地の中で最も大きいこの建物だ。騎士団の中で部隊長以上の人達は、この『城』の中に私室がある。  一方で一般の兵士や使用人は、馬小屋よりは多少はマシな程度の小屋で寝起きしていた。  従僕長の執務室も、騎士団長の執務室も、外から出入りしやすいように、入ってすぐのところにある。奥まったところにあれば、城の中で迷っていただろう。      何事もなく出て来られてよかったと思う反面、離れがたい気持ちもあった。  ライニ様もこの巨大な迷路のような建物のどこかで身体を休めておられると思うと、城の中にいるだけでその存在を近くに感じられる。見つかりたくないのに会いたいと思う矛盾した気持ちを、自分ではどうすることもできなかった。  ユリウスは通用口の前で足を止め、後ろの長い廊下を一度振り返ると、すぐに踵を返して重い扉を押した。  通用門には見張りの兵が一人いて、松明も焚かれていたが、そこから離れれば星明かりのみが頼りとなる。  雲はなく、暗闇の向こうに建物の陰を薄っすらと確認できる程度には夜目がきいた。  辺境伯軍の兵舎であるその建物を通り過ぎようとしたときだ。その建物の陰から、突然人影が現れた。  兵士と思われる体格の男たちが三人。不意打ちだったから、心臓が止まりそうになった。   「おい。お前、こんなところで何をしている?」  3人はユリウスを取り囲むようにして行く手を阻んだ。  彼らは明らかに酒臭かった。  兵士たちは7日に一度、休息日がある。城内では飲酒が禁じられているため、休息日にはほとんどの兵士が街に繰り出して朝の開門までは帰って来ない。  既に城門が閉まっているこの時間に酒の匂いを漂わせているということは、おそらく城内で飲酒していた可能性が高かった。 「お前、新人の使用人だな? ちっこいほうは女みたいで可愛いなと思っていたんだ」  兵舎の陰に隠れていて男たちの顔はよくわからないが、向こうからはユリウスの顔が多少は判別できるようだ。 「い、いえ……。ちがいます。人違いです」  兵士どころか知らない男たちにこんなふうに取り囲まれた経験もない。恐怖で声が震えたが、どうにかそれだけは絞り出せた。  新人の使用人というのはユリウスとアルミンのことで、そのうち小さいほうと言えばユリウスのことだが、「女みたいで可愛い」というのは何かの間違いだろう。なにせ選定の儀で売れ残るオメガなのだから。 「オメガの男ってもしかしてこんな感じなのかもしれないけど、こんなところにオメガがいるわけないしな」  一瞬ギクッとした。  発情期(ヒート)中ではないしフェロモンは出ていないとわかっていても、なんとなく自分の匂いが気になって、半歩後ろへ後ずさる。  男たちが一歩踏み出し、開いた以上に距離を詰められる。

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