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皇弟騎士の思い人(8)
「君、大丈夫か?」
声の人物はユリウスの隣で跪いた。
「昨日も立ちくらみがしたと言っていたな」
言われて、その人が、昨日、食堂で、殿下から身を隠すために咄嗟にしゃがみ込んだとき、心配して声をかけてきた兵士だと気がついた。
「体調が悪いのに、何故こんな時間にこんな場所にいるんだ?」
「騎士団長に呼ばれていまして……」
「騎士団長?」
おうむ返しされて、自身の失言に気が付いた。
呼ばれた理由を説明できないのだから、下手なことを言わなければよかった。
呼ばれた理由を訊かれたらどうしようと考えを巡らせていたが、答えられない雰囲気を察してくれたのか、それ以上は訊かれなかった。
「俺はフリードリヒ・グートマン。辺境伯軍で部隊長をしている。フリッツと呼んでくれ」
「僕はユリウス・イェーガーです。カッシーラー辺境伯領の出身です。ユーリと呼んでください」
先に名乗られ、礼儀でユリウスも自己紹介した。
「謝って許される問題ではないが、あいつらのことは本当に申し訳なかった。俺の指導が足りなかったせいだ」
フリッツは深々と頭を下げた。
彼らが何をしようとしていたか、察していたようだ。
「い、いえ! 僕はグートマン隊長のおかげで無事でしたから! それに隊長が謝られることではないですよ!」
「フリッツだ」
姓で呼んだことが不服だったらしく、訂正される。
そう言えば、殿下にも、最初の頃、「殿下」と呼ぶたびに、「ライニだ」と訂正されていたことを思い出した。
「フリッツ隊長とお呼びしたらよろしいですか?」
「君は兵士ではないし、同じ平民なんだから敬称もいらない。フリッツと呼び捨てでもいいし、それが嫌ならフリッツさんでいい」
軍営に来たばかりだから、部隊長というのがどのくらい偉いのかは全くわからない。ただ、使用人に名前で呼ばれたがる部隊長というのは、かなり珍しいのではないかと思った。それだけ気さくな人なのだろう。
フリッツが、両膝を地面につき、背筋を伸ばして、ふいに改まった雰囲気になった。
「さっきのことがもし明るみになれば、あいつらは除隊しなければならなくなる。どこにも居場所がなくて兵士になったような奴らだから、きっと兵士をやめれば市中の鼻つまみ者になってしまうだろう。明日、俺からキツく言って、二度とこのようなことをさせないようにするから、今回だけは見逃してやってもらえないだろうか」
未遂だったし、元々大ごとにする気はなかった。そもそも襲われていたとしても、使用人の訴えごときで兵士が除隊になるとも思ってもいなかった。それに、騒ぎ立てれば、殿下にここにいることを知られてしまうかもしれない。
「できれば忘れたい出来事ですから。騒ぎ立てるつもりはないですよ」
「すまない」
声にはホッとした響きがあった。
「ユーリ。これから先、何か困ったことがあれば、俺を頼ってくれ。これでも、軍の中ではそれなりに権限があるほうだから」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございました」
ユリウスは深々と頭を下げた。
一人で大丈夫と言ったのだが、フリッツは使用人の宿舎まで送ってくれた。
別れ際、「おやすみ、ユーリ」と言って、頭をくしゃりと撫でられた。
その言葉も、剣だこのできた硬くて大きな掌も、あの人と一緒だったから。
なんだか色々なものが込み上げてきて、泣きそうになった。
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