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皇弟騎士の思い人(11)
フリッツが両肩を抱きかかえるようにして立ち上がらせてくれた。
「では副団長。我々はこれにて。せっかくのお茶会に水を差してしまい、申し訳ありませんでした」
「その者が私の従兄弟の義弟であることは他の者には伏せておいてもらいたいが、私の管轄下でその者に何かあれば私も従兄弟に顔向けができない。秘かにその者の身を守り、故郷へ帰る際にも護衛の兵をつけてやってくれ」
「は!」
フリッツがふたたび敬礼する。
そのような配慮は要りません。と言おうとしたが。それより先に、殿下はカレンの背を抱くようにして、去って行った。
「もう、大丈夫だぞ」
フリッツがそう言ったのは、涙を堪えていたことが、彼の目にも明らかだったからだろう。
歯を食いしばっていた力を緩めたら、堰を切ったように涙が溢れてきた。崩れ落ちそうになる体を、フリッツに抱き留められる。
彼の胸に顔を押し付け、嗚咽を押し殺した。
どうして、ここに来てしまったのだろう。
ひと目でいいから殿下に会いたい。そう思っていたはずなのに。胸を締め付けているのは、必要とされなかった悔しさでも、殿下の心を奪った彼女への憎しみでもない。ただ一つの後悔だけだった。
ここに来なければ。
殿下に、あれほど疎まれることはなかった。
ユーリと呼んで頭を撫でてくれたライニ様を。別れ際に、こちらが勘違いしそうなほどに強く抱きしめ、額にキスしてくれたライニ様を。同情で、売れ残りのオメガの面倒を見てくれた、優しいライニ様だけを、記憶に残しておけたのに。
「副団長のことが……好きだったのか?」
まるで小さな子をあやすように。頭や背中を優しく撫でられる。
ユリウスはフリッツの腕の中で、かぶりを振った。
きっと、好きだと思うこの気持ちすら、殿下には迷惑なものでしかないだろうから。
侍従として必要とされないのなら、せめて騎士団の使用人として、殿下の近くで働きたかった。
でも、その思いは、殿下の気分を害しただけだった。殿下の幸せに水を差すものだった。
殿下は、あれほどにもユリウスのことを考えてくれていたというのに。
「……ぼく……自分のことしか……考えてなかった……っ…………」
喉の奥に何かが詰まったように、うまく喋れなかった。
背中をさすられ、しゃくり上げながら、とぎれとぎれに言葉を紡いでいく。
「……そんな自分が……恥ずかし……だけです…………」
フリッツの腕の中で、しばらくそうして子供みたいに泣きじゃくっていた。やがて、その嗚咽がおさまった頃。
「ユーリ。副団長が言うように、なるべく早く君はここを離れたほうがいい。そうすれば、君だけでも……」
何かを言いかけた彼のその言葉の意味は、ユリウスにはわからなかった。
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