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舞踏会の夜に(2)
「では、失礼します」
扉を閉め、立ち去りかけて、ユリウスはすぐに足を止めた。
今しがた部屋で拾った葉のことが、ずっと気にかかっている。ポケットからそれを取り出し、掌に載せてみた。
……これは……、ニリンソウか……?
ニリンソウはこの国では薬草としては用いられていないが、あちこちに自生しているので、家にいたときは山菜としてよく食べていた。でも、一つ注意しないといけないのが……。
その葉を掌で揉み潰してみると、ツンと鼻をつくような刺激のある匂いがした。
……ちがう……これは……、アコニツムだ!
ニリンソウは、花が咲けば間違いようがないが、葉が芽生えただけの時期はアコニツムとよく似ている。アコニツムは毒草なので注意が必要だ。
故郷で、庭の延長にある山野で薬草や山菜を取るとき、ニリンソウかアコニツムかわからないときは、こうして葉を揉み潰して確認していた。
ニリンソウの場合は、揉み潰しても普通の草の匂いしかしない。
嫌な予感がし、忍び足で従僕長の執務室へと戻る。扉に耳を押しあてた。
「まさか城内で毒草が栽培されていたとはな」
「城内には医師は一人常駐していますが、薬師はいないため、気づく者はおりませんよ」
「だが、あの男は前任者と違ってかなり警戒心が強い。食事も食堂で兵たちが食べる物と同じ物しか食べないし、お嬢様のお茶会でも、紅茶と甘い物が苦手だと言って何も口にしないとか。どうやってその毒を飲ませるつもりだ」
ひっ、と洩らしそうになる声を、必死に堪えた。
お嬢様のお茶会で何も口にしないって、それってライニ様のことじゃないか――!
「葡萄酒に混ぜれば、毒とは気づかないでしょう。婿養子を狙っているのは、あの方も同じでしょうからね。舞踏会のあと、辺境伯に酒を勧められたら、さすがに断らないでしょう。あの方に出すほうのコップにだけあらかじめ毒を入れておき、その場で辺境伯とあの方のコップに葡萄酒を注げば、酒に毒が入っているとは疑われませんよ。それに舞踏会のあとであれば剣も携えていませんから、すぐに毒が効かなくても、恐れるに足りません」
舞踏会の日に殿下を毒殺しようと企んでいることは明らかだった。
『婿養子を狙っているのは、あの方も同じでしょう』と言っていたから、騎士団長も辺境伯令嬢を狙っていて、結婚の妨げになりそうだから殿下を殺そうとしているのだろうか。でも、殿下を排除したところで、自分が結婚できるとは限らないのに……。
「あの男は剣がなくとも熊の一頭くらい倒しそうだからな。暴れられては厄介だ。毒は十分に効く量を渡してくれ。酒を出す侍女は既に懐柔している。舞踏会の前日にその者をここに寄越すから、毒を渡してくれ。楽しみだな。舞踏会が終われば、この広大な領地も、この城も、あの生意気な美貌のオメガも、全て私のものだ」
「私との約束も、忘れないでくださいよ」
「あぁ。お前は一番の功労者として、金も女も、好きなだけくれてやる」
ははははは、と高笑いが聞こえてくる。
話が終わる気配を察し、ユリウスは急ぎ、忍び足で通用口へと向かった。
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