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舞踏会の夜に(3)
どうしようどうしようどうしよう――。
頭の中で今しがた聞いた話がぐるぐると回っている。
どうにかしなければいけないと思うのに、歩いているだけで膝が震えて転びそうだった。
その日はずっと上の空で、野菜を向いていて指を切ったりして、アルミンに心配された。
信じてもらえるかどうかはわからないけど、とにかく今日聞いた話を一刻も早く殿下に伝えなければならない。
そう思って、夕食時は、指を切ったこととを理由に皿洗いをアルミンに代わってもらって、ユリウスは給仕係として食堂に立っていた。
けれど、いつまで待っても殿下は姿を現さなかった。
ラインハルトではない別の兵士が食堂に入ってくるたびに、ユリウスは不安を募らせていく。
「ユーリが給仕係なんて珍しいな」
水のおかわりを配って回っていたとき、フリッツが声をかけてきた。
「もうすぐ故郷に帰るので、ラインハルト殿下に最後に一言だけご挨拶したかったのですが……。殿下は、今日は別の場所でお食事を召し上がっていらっしゃるのでしょうか……」
他の兵士らに聞こえないよう、小声で返した。殿下が誰とどこで食事をしているかと思うと、気が気でなかった。
騎士団長は舞踏会の日に殿下を毒殺すると話していたけど。色んな事情で予定が早まる可能性だってある。
フリッツが身を屈め、耳元に口を寄せてくる。
「副団長は舞踏会前の警備状況の確認のために、領内を視察されている。舞踏会当日にならないと戻って来られない」
あからさまに顔色を失ってしまったため、「何かあったのか?」と続けて問われた。
……フリッツさんを人のいないところに呼び出して、毒殺の件を相談してみようか……。
一瞬だけそう考えたけど、すぐにその考えを頭から振り払った。
「何もないですよ」
作り笑いで返す。
フリッツが悪い人でないことはわかっている。
だが、彼は立場的にはウェルナー辺境伯に仕える身で、ウェルナー辺境伯が殿下の敵か味方かわからない以上は、フリッツに話すことは危険だった。従僕長も、「辺境伯に酒を勧められたら断れないだろう」と言っていたし。毒殺のことを知っているにせよ知らないにせよ、酒を勧めることで片棒を担がされることは事実。
でも、かといって、騎士団だって、全員を信用できるわけではない。
「舞踏会が終わったらすぐに故郷に帰る予定なので、どうしても舞踏会の前に殿下にお会いしたいんです。殿下が帰って来られたら、そのことをお伝えできませんか?」
フリッツは一瞬考えこむような顔をし、「わかった」と答えた。
「一応、伝えるには伝えるが……。当日は副団長もお忙しいし、君の希望を叶えてくださるかどうかはわからないぞ」
言われなくても、わかりすぎるほどわかっている。
当日、カレンをエスコートし、舞踏会に参加する予定の殿下は、カレンと踊るダンスのことと、舞踏会に参加する他の貴族たちの名前や爵位、それに城内の警備のことしか頭にないだろう。ユリウスの入り込む余地なんて微塵もなさそうに思える。
それでも、今はその『微塵』以下に縋るしかなかった。
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