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舞踏会の夜に(4)

 フリッツが言っていた通り、殿下はその後も城には戻って来ず、舞踏会当日を迎えてしまった。  ユリウスはあの毒殺の話を聞いて以降、食事がずっと喉を通らず、寝不足のせいか吐き気も続いている。その上、舞踏会前日から、軍営の使用人であるユリウス達まで城内の掃除やら舞踏会で出す食事の下準備やらに駆り出されて、息を吐く暇もないほどの忙しさだった。  目の前が暗くなりかけて、アルミンに「大丈夫?」と体を支えられたことが何度となくあった。  忙しいことで、よかったことと悪かったことが一つずつある。  よかったことは、城内の色んな部屋の配置を知れたことだ。  ユリウスは軍営専属の使用人なので、それ以外の城内の使用人たちとは普段接することがない。厨房もそれぞれ別の場所にある。  それがこの二日間は城内の色んな場所に手伝いに行き、雑談ついでに城の使用人たちから話を聞けたお陰で、全ての兵士がの私室の場所を知ることができた。  毒入りワインを飲むのがそのどちらかの部屋になるのかはわからないが、とりあえず場所がわかれば、その近くで待ち伏せし侍女を阻止することもできるかもしれない。    悪かったことは、忙しすぎてなかなか持ち場を離れられないことだ。  用を足しに行くついでに軍営に戻ってみたが、全ての兵士が城内の警備に出払っていて、もぬけの殻だった。その上、勇気を出して巡回中の兵士に副団長やフリッツの居場所を訊こうものなら、この忙しいときに呼び止めるなと怒鳴られる始末。  フリッツとも会えないので、伝言が殿下に伝わったのかもわからないままに、舞踏会の時間を迎えた。  開始を知らせる鐘が鳴り、やがて遠くから音楽隊の演奏が聞こえ始めると、厨房にはようやくホッと一息つく空気が流れ始めた。 「忙しかったでしょう? あんた達も今のうちに料理の余り物を食べちゃいなさい」  年配の女中が、焼き菓子を皿に積み上げていたユリウス達に声をかけてくれた。メインの料理は既に出揃っていて、あとは食後のスイーツだけになっている。  作業用のテーブルには、大広間から引いてきた、貴族の食べ残しの載った皿が並んでいた。  舞踏会の日の使用人の食事は、こういった貴族の食べ残しになるかわりに、普段より豪華なものを食べられるのだそうだ。  そう言われても、家にいたとき、誰かの食べ残しを食べたことのないユリウスは、なんとなく抵抗があって、ほとんど手つかずで残っていたパンをもらうにとどめた。 「ユーリ、顔色が悪い。少しでもいいから座っていたほうがいい」  アルミンが言うように、疲れて足がぱんぱんに張っている上に、頭が重く、自分でもこれ以上は立っているのが無理かもしれないと思っていた。  ユリウスは壁に背中を預けたまま、ずるずると尻を下げていく。  石畳の地面に完全に尻をつけると、身の置き所のない体の怠さがほんの少し楽になった。 「そんな状態で本当にあれをやるつもりか?」  自分たちにしか聞こえない潜めた声で、アルミンが問うてくる。 「座ったら少し楽になったから大丈夫だよ」  無理に口角を上げようとしたけど、そこまでの力はなかった。  殿下に会えなかったときのことを考えて、昨日の夜にアルミンにだけは陰謀のことを話しておいた。  一人で陰謀を阻止することはどうしても難しいと思ったから。  アルミンは、城に来た日からいつもユリウスを助けてくれた。  話をして、協力してくれないことはあったとしても、秘密だけは守ってくれると信じている。  そして彼は、少しだけ迷った顔を見せながらも、「協力する」と言ってくれた。  舞踏会が開かれている大広間は、周りを警備の兵で囲まれていてユリウス達は近づけない。  そのため終わってからが勝負だと思っている。  ウェルナー辺境伯とラインハルト殿下の私室の両方を見張るのは難しいため、アルミンが協力してくれて、手分けして見張れるのは心強い。

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