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舞踏会の夜に(5)

「あ~~~。いいわねー。私も一度でいいから、あんな綺麗な服着てあんな素敵な男性と踊ってみたいわ」 「あれはお嬢様だから着こなせるのよ。あんたみたいなのがあんなドレスを着たら、男はあんたの顔じゃなく、ドレスだけ見て踊ることになるわよ」  なにやらかしましく話をしながら女中たちが厨房に入って来た。  両手で持った大きなトレイには、食べ残しの載った皿がいくつも置かれている。 「あら。今度はあんた達二人だけかい? マーサはどうしたの?」  厨房係の女中が二人に声をかける。  確かに、先ほどまでは、大広間から食器を引いて来る女中は三人いた。 「いつのまにかあの子、いなくなっていたのよ」 「きっとまたあれよ。騎士団長との逢・い・引・き!」  騎士団長という言葉を耳にし、それまで右から左に話を聞き流していユリウスは、思わず耳に意識を集中させた。 「どう見ても弄ばれているのに、あの子もよくやるわねー」 「でも、この前はかなり本気の顔で、舞踏会が終わったら、騎士団長に妾にしてもらうことになったって喜んでいたわよ」 「えー。それは絶対にないわよ。だって騎士団長は正妻もまだでしょう? 先に妾を娶るのは外聞が悪いわよ」 「あ……、あの!」  尽きることのなさそうな女中たちのお喋りに、ユリウスは口を挟んだ。 「今も皇弟殿下はお嬢様と踊ってらっしゃいました?」 「お嬢様は今は別の方と踊ってらっしゃるわよ。見たことないから領内の貴族じゃなさそうだったわ」 「では、殿下も別の方と踊ってらっしゃいました?」 「いいえ。お嬢様の相手をしたあとは、殿下はどなたとも踊ってなかったわ。そう言えば……。いつのまにか大広間におられなくなっていたわね」 「旦那様と一緒に広間を出て行かれるところを見たわよ」  ――ものすごく嫌な予感がする。 「すみません! 僕たち、用を足しに行ってきます! アルミン、行こう」  それまで体が重怠くて一歩も動きたくなかったのが嘘のように、ユリウスはアルミンの手を取り、厨房を出た。   「アルミン。まずい。計画が早まったのかもしれない。昨日言った通り、僕はウェルナー辺境伯の部屋に行くから、君はラインハルト殿下の部屋に行ってくれ」  殿下の部屋に誰もいないときは、フリッツを探して信用できる兵を連れてきてもらえるようにお願いしている。 「わかった。俺が行くまで絶対に無理はするなよ」 「君もね」  ところどころに壁架けの燭台が灯された薄暗い廊下で、ユリウスはアルミンと頷き合い、別々の方向へと分かれた。

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