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はじまりの場所(1)
舞踏会の日から丸二日、ユリウスは眠り続けていたらしい。
重い瞼を上げたとき、アルミンの顔が目に入った。
「ユーリ! よかった~! やっと目を覚ました~。お医者様は寝ているだけだから大丈夫って仰っていたけど、揺すっても全然目を覚まさないから、もしかしたら今回、俺、報酬なしかもって、めちゃくちゃ心配してたんだよ~」
「ほうしゅう?」
意味のわからなかった言葉をおうむ返し、直後、二日前の出来事を思い出した。急に跳ね起きようとしたものだから、血の気が引いたようで頭がくらっとする。
「あー。急に起き上がっちゃ駄目だよ。起きたら飲ませるようにって言われて白湯を用意しているんだから」
「それよりも、ライニ様は? 殿下は? ご無事なのか?」
寝ている間のときのことが、薄っすらと蘇ってくる。
手を握られ、何度も何度も名前を呼ばれていた。
あれはたぶん、殿下の声だったと思う。
でも、夢を見ていただけなのか現実のことかはわからない。
『帰ってきたら……』
『必ず……』
そんな断片的な言葉だけが、微かに記憶の片隅に残っていた。
「殿下は、この俺様のお陰で無事だよ。無事だったけど、罪人を護送するために、今は都に向かっている。まぁ、ユーリのことが心配で、ぎりぎりまで自分が行くかどうか迷っていたみたいだけど。全ての情報を知っているのは殿下しかいないみたいだったから」
殿下が無事と聞き、ユリウスはようやく、アルミンが差し出してくれていた白湯に口をつけた。
アルミンが話してくれたのは、舞踏会の夜、ユリウスが意識を失った後の出来事だった。
ユリウスが意識を失くしたのは頭を壁にぶつけたせいで、首や腕にも刀傷を負ったが、出血は大したことなかったらしい。腕の傷は少し深かったので寝ている間に縫合されたようだ。
意識を失くす間際、殿下が騎士団長に体当たりしようとし、その背中に剣が振り下ろされているのを見た。
けれどその剣は、振り下ろされることはなく、その後、『取り落とされた』らしい。アルミンの投げた短剣が騎士団長の手の甲に突き刺さったからだ。
「じゃあ、僕が倒れそうになったときに抱き留めてくれたのも、君か?」
「いや。あれはフリッツさんだよ。俺は君を助けるほうは間に合いそうになかったから、とりあえず短剣だけ投げたんだ。まぁ、短剣が刺さらなくても、あの人なら剣を避けられていたと思うけどね。
……そもそもさぁ。俺が行くまで無理するなって言ったのに、ユーリが勝手に動くから、あんな面倒なことになったんだよ! ユーリの頼みを断り切れなくて、つい君の護衛を後回しにしちゃった俺も俺だけど」
「護衛?」
「俺は元々、都で用心棒をやってるんだ。今回はガイトナー公爵から、ここにいる間、君を守ってほしいと依頼されていた。都からの道中も、ずっと後ろをつけていて同じ宿に泊まっていたけど、君、俺のこと全然覚えていなかったよね」
「護衛だって言ってくれたらよかったのに……」
「ガイトナー公爵からは、護衛を頼んだことは口止めされていたんだよ。知ったら絶対に、君が断るだろうからって。でも、こうなった以上は話さないわけにはいかないからね」
確かに、聞かされていたら、絶対に断っていた。
そもそも、ユリウスとアルミンの二人分の使用人の給金を合わせても、護衛を雇うほうがそれ以上に高い気がする。使用人として働くために護衛が必要になるのなら、金銭的にはかなり無駄なことをしていたことになる。
「依頼はユーリの護衛だけだったんだけどね。皇弟殿下も守れば、報酬が二倍になるかなと思って頑張っちゃった」
アルミンは冗談のように言うが、報酬がなくても、殿下のことも守ってくれたに違いない。
「アルミン。本当にありがとう。この恩は、一生忘れないよ」
「仕事だからね」
と照れ臭そうに言って、アルミンは腰を上げた。
「君の目が覚めたって、お医者様に言ってくるよ」
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